4月になった。
大学に入学してから10年。
フルタイムの仕事を始めた人を「社会人」と呼ぶならば、「社会人」になってからは5年が経った。

この時期になるといつも思い出す。5年前に新卒で大企業のサラリーマンになった僕は、その会社員生活が半年もできなかった。
そして、自分が情けなくてどうしようもなく、鬱にまでなった。今でも想い出すと苦しい気持ちになる、大きな挫折だった。

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会社員生活はしんどいことの連続だった。
油田権益の投資の部署に配属された僕は、基本的には投資管理というバックオフィスに近い業務だった。

お客さんと会う時間がないのであれば、通勤はラッシュを避けたかったが、大企業だからそういうわけにはいかなかった。
足が蒸れやすい僕は夏に革靴を履きたくなかったが、オフィスの中で他社の社員がいなくても、サンダルに履き替えることは許されなかった。

油田開発はいわゆる理数系の知識・バックグラウンドも要求されるのだが、文系の中では数学が得意であったものの、自分の価値を最大限発揮できる分野ではなかった。
何より、「下積み」はつまらなかった。
バングラデシュ帰りだった僕は、「途上国でモノを売らせたら、誰にも負けないのに」と、いつも悔しかった。

最も辛かったことは、「アフリカでの資源投資は、現地に様々な問題を引き起こしていますが、それに対してどう考えていますか?」と上司に聞いても、「考えたこともなかった」としか返事が返ってこないことだった。
神無き時代に絶対に正しいことなど存在しないとしても、自分の事業が社会の中でどのような価値を持っているのか、考え続けたかった。

ここでは働きたくない、けれども飯は食わないといけない、色々なことががんじがらめになって、ある日ぶっ倒れた。

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退職した後は家庭教師のアルバイトで食いつないだ。
といっても、どこかの派遣センターに登録するのではなく、自分でビラを作って、近隣のマンションに撒くところから始まった。
会社員生活での挫折から、誰かの下で働ける気がしなかった。

そうしながらも、自分がやりたいことは何なのか悩み続けた結果、3つの大事なことが浮かんだ。

①自由であること
ラッシュの時間は避けたい。外で打ち合わせがない時は私服で通勤したい。
夏場は打ち合わせ以外の時間はサンダルでいたい。休日出勤しても僕は全然OKだけれども、長期休暇は2週間は欲しい。
仕事に支障が出ない限りの、自由が欲しかった。

②自分の価値を最大限発揮できること
僕は苦手なことになるとモチベーションが、急に下がる。自分よりも圧倒的に得意な人がいるのなら、自分がやる必要はないなと考えてしまう。
大きな組織であれば配属が定期的に代わるため、これは叶わないことだけれども。

③正しいと信じられること
絶対的に正しいことなどないということは理解しているけれども、社会の弱い立場にある人が苦しむような仕事はしたくなかった。
当時は政治哲学の本を読みあさっていたこともあって、「不遇な立場にある人の利益を最大にする」ような仕事であれば、「正しさ」を感じることができるような気がした。

モチベーションに波がある僕は、「その仕事は僕がやる必要はない」と言い訳を常に探していて、だからこういう面倒な条件を作ってしまうのかもしれない。
仕事をするにも、いちいち理由が必要だった。

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これらの希望を叶えるには起業しかない、という諦念のもとに、僕は起業することにした。
法人登記は2011年8月だったから、2014年4月の現在、準備期間も含めれば3年以上経ったことになる。

「会社員として上手く行かなかったヤツが起業なんかできるわけがない」とよく言われたが、自分が楽しく生きていくためには、こういう働き方しかできないと思った。
「売上何千億、何兆の会社を作る」というような、希望に満ちた起業ではなかったけれども、その後3年が経って売上は年々伸び、社員の数もアルバイトを含めれば、40名近くにまでなった。

別に起業じゃなくても、税理士、弁護士、社労士など士業の方々のように個人事業主として生きている人はたくさんいる。
あの時は会社を辞めたら一生終わったかのように思えていたけれども、実は色々な生き方がある。
だから、会社が合わなくても、絶望する必要はなかった。

むしろ20代のうちは、「どんな仕事が向いているか」「どんな生き方をしていきたいか」を実践しながら悩みぬくのがグローバルスタンダードだ。

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5年前に戻れるとしたら、新社会人だった僕自身に伝えたいのは、そういうことかな。
人の生き方はそれぞれだということ、自分の生きる道は悩みながら見えていくものだということ。
威勢のいい仕事の格言よりも、そういうことを教わりたかったと思う。