先ほどまで、NHKに頼まれた過去の活動の写真を整理していた。とうとう放映は明後日金曜にせまっている。

それにしてもイスラエル・パレスチナ、ルーマニア、バングラデシュ・・・地に足のつかない生活を送ってきたなぁ写真を見ながら思った。本当に20代前半は、世界をフラフラと生きていた。

けれども結局日本に戻ってきたのは、「助けたい誰か」が見つからなかったからなのかもしれない。どんな場所にいても、生まれてきた感情は「同情」ではなく「共感」だった。何かを「一緒にやれたら」とは思ったが、何かを「やってあげたい」とは思わなかった。

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援助は自立を潰すとか、そういう底の浅い議論をしたいのではない。彼らも意思のある自立した強い個であるのだから、外部者が外部者として関わる限り何も生み出さないということが言いたいのだ。言語を覚え、同じ目線で何年も同じ生活をしなければ、本当に共感し合えることができないーこれは僕の確信でもあり、コンプレックスでもある。

僕自身、一度は現地に根付くことを決意し、現地語覚えて頑張ってはみた。でもリアルタイムでブログを読んでいらっしゃる方はご存知の通り、結局は逃げて就職し日本の商社に入った。

しかし会社に馴染めず(笑)、今度は自分が根付いていた(はずの)日本で起業。迷ってばかりで、何も形になっちゃいない。もう逃げたくはない。

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一方で、バングラで生活していた頃から(特にグラミン等を見て)、「正しそう」に見えることが実は「正しくない」ということに悩むようになっているのも事実だ。だから「本当に正しいこと」は何なのか、いつも考える。ある人から見て正しいことが、別の人から見たら正しくないということが往々にしてある。

だから各種メディアに取り上げて頂き、「社会起業家の卵」のように持ち上げて下さるのは、ミーハーな僕にはとっても嬉しいのだが、まだ自分のしようとしていることが「本当に正しいことなのか」悩むときがある。

けれども、その迷いを確信に変えるためには、もっと事業に邁進しなければならない。