弟がトチサコさんの講演会に行ってきたらしい。
その感想がなかなかおもしろかったので、コピペします。
 
 
●とちさこさんのお話。

昨日、社会起業家の杤迫さんの講演会にいってきた。
昨日いた人含め、何かあれば色々と意見ください。
長くなるので。まぁ興味ない人はとばしてください。

行って良かったです。ほんとに。

けど、感動できたとかじゃなくて、がっかりとともに、
相対的に、客観的に、こういう人もいるんだな、って評価できたからって感じ。

杤迫さんは、東京銀行に入社後、日本はもちろん、メキシコなどのラテンアメリカでも銀行マンとして働き、若いころのメキシコの経験がきっかけで、貧困層のために金融を使って何かをしたいと思ったらしいです。そののち、25年たってから起業し、Micro Finance Internationalという会社を作り、移民が母国に送金しやすいシステムを作り、彼らを幸せにしたとさ、めでたしめでたし。という感じの人。

●講演会以前に、僕が思っていたことはこんな感じ。

・金融というシステムを使ってしっかりビジネスとして成り立っている事業モデルをもっている。
個人の熱いパッションやコミットメントにそこまで左右されていないけれど、
しっかり多くの人に幸せを届けているという意味で、モデルとして素晴らしい気がした。

・きっと頭のいい人なんだろうなー。

・でも写真で見るとひとのいいおっちゃん。

・いまどきの社会起業家って学生時やあるいは数年働いてからすぐとか、すなわち若いうちに起業っていうのがよくある話だと思うのだけど、なぜこの人は、50才目前まで起業しなかったのだろう。

●講演会内容

・じっさい人のいいおっちゃんってかんじ
高3の時の担任にすこししゃべり方が似ている。おおとし先生。

・最初のほうは人生論みたいな感じ。
背が低いなりにバレーボール選手として上達したくて、巨人の星のような厳しい練習と努力をしてきたとか、
ガキのころから家の仕事をたくさんやらされてきたとかのお話。
辛い経験をこの年にしたことが、身になっている。

自分に厳しい人なんだなってのがよくわかった。その分周りには優しいですけどね。みたいなことも一緒に言っていた。

けど、同じ年齢層でも普段話を聞くような大学の先生とかって、学生と普段話してるからか、要点まとまってて、こっちが聞きたいことを話す先生が多いけど(俺の周りだけ?)、
そういう人に比べて、つまらない話をグダグダとされた印象。
正直眠かった。中高の校長だったエツオの話ほうがよりずっとためになる気もした。
その話もっと短くできるだろ。

人との接し方とか、夢とか、成長とか、
抽象的な話を最初に長々とするのはいただけない。
酔っ払いのオヤジかよ。

・行動力がある。

「シミュレートして、やっぱ無理だ」的な人が嫌いらしい。耳が痛いな。
生産的じゃないとだめです!というかんじ。生産的に常に行動し、学ばなければならない、って感じでした。
けど、自分に厳しいということも絡んでいるんだけど、つねに行動しなければならない、行動できるってのはすごいと思った。
考えがすべて通ってなくても、行動し始めろ、とかいってたので、
考え先行型、
人間だれでもそんなことできるもんじゃないよ、と思いつつ、この人の行動力とか言い訳しない姿勢は見習いたい。

ほんとに、行動力と自分に対する厳しさはすごいものがあって、
あんな風になりたいけど、なれないかな。でも少しでも見習いたいと思った。

・事業のはなし。

やっぱり需要と供給に不一致があるから、社会問題があって、同時にビジネスもなりたつ、という考え方は、基本的に正しいと思っているし、僕もそう考えている。
とはいえ、この人は切れ者ってかんじではない。
長く勤続したことで、一つの問題に対する解も、
結構簡単に思い付いたんじゃないかな、と推察した。

けど、移民の人たちと笑っている様子はなかなか。
彼らの笑顔ってのが、根本なのだろうな。

●疑問点と批評

矛盾がいくつかあった。

・25年も待ちすぎじゃね?
講演会中に、「一日事業が遅れるだけで、何百万人もの生活が失われる」的なことをいっていて、だから、考えるだけじゃなくて行動するんだ!とか言っていたのに、この人は25年待って何億人という人を待たせてきたのだろう、と思った。
まぁ日々の仕事に意義とやりがいを感じていたからなのだろうけど。
あげあしですかね?

・鬱のはなし
プロの意地がある。だから自分は絶対逃げないみたいなことを言ってた。
けど、最後に・・・
最近は鬱とかいうじゃないですか、あれは逃げだと思います。
みたいなことを言い始めて、びっくりした。
どんだけ時代遅れなんだよ・・・。
「自分に厳しい、その代わりに周りには優しいです。」
とかいってたのに、「おいおい、全然やさしくねぇじゃん」、って突っ込みたくなった。
鬱についてわかっていない人ってアピールするようなものだし、鬱の人に対して一番言っちゃいけない一言じゃないか?

・あと質問に答えられてない

質問者のした質問について、聞かれたことについて全然答えられていなかった。
最初に就職活動のアドバイスとかしてたけど、まったく説得力をなくす。
相手の立場に立って想像力を働かすことが大事だ、とかいってたのに。
まぁ頭の回転も速い人じゃないし、

●総じて

全体的にいって、正直いって、あの人の魅力を過大評価しすぎていて、実際の内容と比べると期待はずれだったけど、相対的に見ることができたという意味で、とても有意義な時間。
僕がここまで人のことをこき下ろすことはめずらしいんだけど、
最後の鬱とか、正直許せなかったのでがっかりした
終わった後、あれで台無しにしたね、って友達と話していたので、周りの人もそう思った人は多いのではないだろうか。

冷静にあの人自体に評価すると、
頭はたいして良くないけど、経験とパッション(使命感)と行動力の大きさによって、社会起業家として成功しているのだろう、という感じ。

けど、想像力が大事、と言っていた割に、貧困層以外の人に対する想像力は欠けているし、自分のストイックさを押しつけるような、独り善がりなところもある。

要するに古いタイプの人間だということです。時代が時代だから、しょうがないとは思うのだけど、それを発信してしまうのはいかがなものか、という感じでした。

ただ、オーディエンスの中には、「社会起業家って素敵よね!」っていう感じで、
終始スピーカーの話にうなずきまくっている子がいたけど、ああいうのが一番苦手。
社会企業はブーム的になっているから、そういうこともあるんだろうけど、
うなずくのはクセなのかもしれないけど、思考停止している感じがした。
なんかもったいないし、
かわいかったから残念。

かものはしだっていいことばっかじゃなし、全然完璧な組織じゃないと思う。
正直批判だってできる。
けど、そういった様々な欠点を考えたうえでも、
やっぱり素敵だし、将来性もある組織だと僕は思ってる。

僕の知っている範囲だけど、他の団体に比べて、やめる人が少ないし、
けっこうみんなファミリーな感じがあるし。

ゆっくりでもいいから、自分の頭で考えて、消化しないとね。
人間として、社会として、無条件の礼讃ムードはかなり危険。

と自分にも言い聞かせておこう。

そういう意味で、
「自分で社会起業家です、というものではない、だんだん人にそう呼ばれて行くだけです」
とおっしゃっていて、それはある程度納得できた。というか、僕の考えに近い。
きっと彼がずっと、活動家、ではなく、金融マンである、という考えで行動してきたからだろう。

 
 
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コメントへの弟からの返信。
 
鬱について書きます。
まぁね、鬱だーっていうのが、あまりに軽率に(?)使われてて、混同されやすい感じなのはあるよね。それは問題かも。

これ以降は、鬱がほんとの病気で、ウツが気持ち的な軽い感じの方と、便宜的に使い分けます。

ただ、ウツだーっていえるかんじで、笑って言い訳にできる人は、
けっこうそんな鬱になることはなくて、
むしろ、自分に厳しくありたい人、とか、強くありたい人、さらにいえば、
杤迫さんみたいな人になりたい人、理想の将来像を持っている人が、
理想と現実のはざまで悩んで、プレッシャーをため込んで、鬱になると思う。

だから、
①鬱病とウツだーは結構区別すべき。

②杤迫さんみたいな人にあこがれている人こそ、自分に厳しくして、社会のために何かをしたい人こそ、鬱になりやすいわけだから、そういう優しさを持つべき。自分の存在と鬱になりやすい存在が、極めて近い存在であることを自覚してほしい。

③ただ、年よりなので、しょうがない気もする。アメリカってそういう考えないのかな?

僕自身、自分に厳しくありたいと思っているし、働き始めたらとくにそうだろう。
失敗は、自分の責任にできるだけするようにしているけど、
まぁだから鬱になりやすいかも、と思うことはあるけど、
それを他人にも求めてしまってはいけないと思う。

50代過ぎの人には、経験メインでしゃべればおもしろいのにねー。

BOP熱いよ。この前やってた。
やっぱり、活動家というかビジネスマンとしてやりたい気がする。
自分がいなくても、ビジネスとして成り立たせる上で、ビジネスマンとしての視点が大事だし。

海外送金は、昨年資金決済法が成立して、少し変わったかも。
杤迫さんも日本支社を作るって言ってた。
ただ、東南アジアとかでよく見るWestern Unionみたいな金融機関が日本にはないのが、
鎖国といわれる状況を良くあらわしていると思う。

 
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彼は「自分の目を違うとこに置く。」ということをけっこう言っていました。
しかし、僕の印象では、目はそこにおいてるけど、視神経は結局自分の脳につながっていて、
彼らの気持ちになったつもりになっているだけ、というのが結構感じられてしまいました。
他人の目で見たものを結局自分の価値観に従って、判断している、ということです。

とはいえ、僕は他人の気持ちになることなど不可能だと思っているので、これは無理なんですけどね。
だけど、他人だと思えば、だれでも許せるはず。
そして、他人の心に近づこうとすることは可能で、とても大事なことであることに変わりはないです。
眼だけしか置けないのに、わかった気持ちになっているのが一番危険だということです。

なんか、批評をすると、さらに批評がでてきて、人間をだめにしそうですねw

ついでに言うと、
「貧困は鬱です。生産性を失わせる精神的な病です。」とかいっておきながら、あの発言をしたので、もうびっくりしましたw

 
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出稼ぎ移民の問題について、
出稼ぎした国(たとえばアメリカとか)と故郷(メキシコとか)、故郷の両方を分けるとします。

で、僕が聞いた感じだと、杤迫さんの事業は、現地のマイクロファイナンス機関と提携して、そういうところにも、すなわち故郷の途上国の問題にも広げている印象でした。

ただ、移民の問題は、社会の問題でもあり、彼らが彼らの世界において、迫害される対象である、という社会問題も無視できないと思います。
こっちの問題に目を向けずに、満足しちゃってるかんじもありました。

彼は、こんなことも言っていました。
「彼らは社会において鼻つまみ者であるから、そういう人に、ちゃんと真摯な対応をしてあげている。ちゃんと一人の人間として扱うことで、彼らを笑顔にする。」みたいなこと。
あんま確かではないのですが、そんなかんじです。

ここで思ったことは・・・

彼らが社会の鼻つまみ者であることについて、問題として杤迫さんは認識しています。

そして、そんな彼らに対して、「そういう軽蔑の目で見ないでキチンとしたサービスをすることで、彼らに対して優しくて、なにかしてあげたい」という「純粋」な気持ちはもっているんだろうな、と思いました。

しかし、どこかで、その何かしてあげたい気持ちって、劣った他者じゃないけれど、見下している感じと近いものもあり、と思う。
よくスタツアにいったときに参加者が悩む問題でもありますね。
先進国と途上国のよくある古い構図です。

だからこそ、
この移民に対する、「ちゃんとした」サービスを提供することに、あるいはそれだけで、「満足している感」はあります。
マイクロファイナンスにも手を広げているし、移民自体にローンとかもしていますし。
彼らが故郷でレストランをやりたいときに融資する、みたいなかんじだったかと。

ちょいまとめると、
送金だけではまだ満足できていない、ということであり、
現在広がりつつある総合的金融サービスを提供できればさえできれば満足してそう、ということです。

あるいは、どちらかというと、貧困国に目が向いていて、アメリカという国自体の移民社会に対しては向いていない気がする、ということです。

複雑という意味が、金融だけでない、という意味であれば、まだ不十分だろうと、私は感じます。彼は満足しちゃっている気がしますが。

結局、社会の中での鼻つまみ者であり、移民社会の中にもきっと複雑な構造や事情があるし、
もしかしたら犯罪とかとの関係もあるかもしれません。
教育の問題とかもそうだと思います。

そういう意味で、心理的なケアとか、ソーシャルワーカーみたいな試み、教育レベル、人権という範囲までは考えていないでしょう。

というわけで、結論的には、「満足しそう感」がありました。

冒頭に書いた、目の置き場所と脳のギャップによって、この状況が生まれている気がします。

彼は、現場に入る!こともかなり強調なさっていたのですが、
どれだけ目や耳はもっていけても、脳をどうやって現地化するか、は難しい問題です。
それによって、複雑な構造の理解や、満足というものも変わってくると思います。

彼のように年をとって、日本の銀行マンという自分ができあがってしまうと、
より一層、視点と価値観が固定化されていく気がします。