ルポルタージュを書いている。
バングラデシュで過ごした、足掛け四年間の記録だ。
映画の編集が止まっている一方で、文章の方は書きやすい。
第一章(原稿用紙20枚弱)が書き終わった。
 
以下、保存用として添付します。
時間のある方は読んで、感想下さい。
 
「私の運命」

 

    第一章 二〇〇六年春、出会い

 

ざわめく声、喧騒。

うだるような暑さ。

飛び回るハエや蚊の群れ。

目を瞑ると、今でもその光景を感じることができる。

 

横たわる物乞い、一方で笑顔。

喜びや希望、悲しみや絶望、人間のありとあらゆる感情が、思いつく限りの抽象名詞が、その場所には散りばめられていた。

 

「私は汚れているの。」

ショキは言った。当時彼女は十九歳、バングラデシュ中部タンガイル県の娼館で働いていた。

「私に生きる価値はあるのかな?」

その問いかけに、僕は何も言葉を返せなかった。

 

「僕は何も悪いことをしていないのに。」

ダッカの娼館でポン引きとして働くオニックは言った。

「神様は僕のことをきっと見てくれていないんだ。」

彼は空を見上げた。

 

 足掛け五年間、僕はバングラデシュに通い、彼らと交流を重ねた。

 自分の力ではどうにもならないような壁、大きな構造に翻弄されながら、彼らは必死に生きていた。

深い諦念の中に小さな喜びを見出しながら、一方で自らの運命を達観しながら。

 

 

 

二〇〇六年三月、僕はバングラデシュのジア空港に降り立った。確か夜8時ぐらいだった。とにかく暑かったのを覚えている。

空港には何もない。多くの国々で見られるような、特産品を扱う土産物屋も、煌びやかなブランド品を扱う免税店も。ただあったのは、無数のハエと蚊と、「ウェルカム トゥ バングラデシュ」と書かれた古びた看板だけだった。

バングラデシュが「世界最貧国」と呼ばれていることは知っていたけれども、特に何かが見たかったわけではない。当時、アジア諸国を旅行していた僕は、その途中にただ立ち寄るだけのつもりだった。

 

バングラデシュの隣国のミャンマーが陸路の国境を開いていないため、中国やベトナムから入ってアジアを横断する予定のバックパッカーは、タイから空路を使うことが多い。しかし、ほとんどの者たちは、ミャンマー、バングラデシュを飛ばし、インドのコルカタへと向かう。バングラデシュにはほとんど観光地はなく、情報も少ないからだ。

 

僕も多くのバックパッカーと同じように、当初インドを目指してタイから飛び立つことを計画していたが、あえてバングラデシュからインドまで陸路で行こうと考えた。

「誰も行かない国だから行ってみたい。」

ただ、それだけの理由だった。航空券も、タイーバングラデシュ間の方が、タイーインド間よりも安かった。

 

パスポートコントロールを抜け、ベルトコンベアに流れる荷物を受け取ると、僕は空港の外に出た。赤外線による荷物検査もあったが、「日本人か?」と聞かれうなずくと、空港の職員は首をくいっと横に振って、先に行くように促した。

空港の柵の向こう側には、無数の人だかりができている。バングラデシュ人が余程ひまなのか、それとも外国人はそれほど珍しいのか、僕は想像を働かせた。

 

そして、いわゆる「発展途上国」のほとんどがそうであるように、ここバングラデシュでも空港を出ると数人のタクシーの運転手たちが、外国人を待ち構えていた。

「ハロー、ミスター!Where are you going?(どこにいくんだい)」

観光客もいなければ、ガイドブックさえほとんど存在しないこの国では、すべてが手探りだった。タイの首都バンコクを出たときはまだ太陽が明るかったのに、空港を出ると空は真っ暗で、早く宿を探さなければならなかった。

僕はタクシーの運転手の一人を掴まえて言った。

「首都ダッカで、最も安い宿に連れて行ってくれ。」

「任せておけ。」

訛りの強い英語で、運転手は答えた。

「いくらだ?」

 と、僕が聞くと、

「三百タカ(約四五〇円)だ。」

 と、答えた。

 すると、周りの運転手がやってきて、

「二五〇タカでどうだ?」

 と口を挟む。そして周りには次から次へと人が湧き出るようにして集まってきた。

「どこの国から来たんだ?」

「名前は?」

 集まってきた人の多くは、運転手ではなく外国人見たさにやってきた人々らしかった。

 そして、僕は、数人の運転手たちとの交渉を経て、「二百タカ」を提示した運転手のタクシーに乗りこんだ。

 

陽気なタクシーの運転手は、その道の最中、僕を質問攻めにした。

「どこの国から来たんだ?」

「日本か。テクノロジーの国だな。お前は技術者か?」

「バングラデシュはどうだ?」

他愛のない質問が延々と続いたが、その時はその「質問攻め」がバングラデシュ人の特性だとは知らなかった。

運転手と会話しながら、僕は窓の外に見える初めての風景に興奮した。人々の群れ、今にも崩れそうな建物の数々、排気ガスと生ゴミが混ざったような臭い・・・ここが「最貧国」であることを再認識した。

時に車は大きなクラクションを何度も鳴らし、前を走るベイビータクシーと呼ばれる三輪自動車をけちらした。渋滞につかまると、裸の少年や杖をついた老人、小さな子どもを抱いた女性や手足のない男性などが集まってきて、タクシーの窓を軽く叩いた。僕が振り向くと、彼らは右手を広げ、お金を催促した。

 

空港から二〇分ぐらいで、小さな街に到着した。運転手が言うには、グルシャン、ボナニ地区だという。ネットで事前に調べた情報には、「高級住宅街」と書かれていた。

運転手がはじめに連れて行ったのは、一〇人ほどが滞在できる小奇麗なゲストハウスだった。降りて話を聞くと、一泊三〇ドルとのこと。学生の僕には高すぎた。

「もっと安い宿はないのか?」

と僕が聞くと、運転手はしぶしぶ次の宿に向かった。このケチな東洋人に苛立っているようだった。

タクシーは狭い路地を右へ左へとハンドルを切り、十分ほどしたころ古いビルの近くで減速した。ビルの道なりにタクシーが止まると、その入り口にたむろしていた人々が、集まってきた。

「一泊七ドルでどうだ?」

なまりの強い英語で、群集の一人が言った。どうやらこの古いビルはホテルで、彼らはその従業員らしい。

「ちょっと高いな。」

僕はタクシーの運転手に別のホテルを探すように指示した。

「ちょっと待て。じゃあ五ドルでどうだ?」

慌てて従業員の一人が、呼び止めた。僕はタクシーの窓越しに、値段交渉を始めた。

「三ドルまで下げてくれないか?」

従業員たちは少しの時間、相談した後に、

「分かった。」

と答えた。

 そして約束の二〇〇タカを財布から取り出し、タクシーの運転手に渡そうとすると、

「もう50タカ」

と、運転手は手を出してきた。先ほどの一泊三〇ドルの宿から、この宿までのタクシー代だという。

「ふざけるな」

僕は二〇〇タカを彼に押し付け、タクシーのドアを閉めた。従業員たちに腕を引っ張られ、それに身を任せながら、その古ぼけた灰色のビルの中に入った。

 

 

狭く長い階段を昇り、五階までたどり着くと、「ここだ」と従業員たちは古びた木の扉を指差した。

ドアを空けて中に入った。小さな木製のベッドと何十年も使われているかのような色あせたソファ、そして奥には和式のトイレがあったバックパックを下ろしてベッドに座り一息つこうと思った。ところが、従業員たちまで中に入ってきて、それどころか部屋を出る気配がさえない。気づくとホテル中の従業員たちが僕の部屋に集まってきた。

そして、バングラデシュでは珍しいらしい日本人に、集まった10人以上の従業員が片言の英語で質問攻めにする。

年齢、家族構成、恋人の有無、好きな食べ物、バングラデシュ滞在の理由、あまりに無邪気な彼らに羨ましささえ覚えた。

 

質問が終わると、従業員の1人が僕の手を掴み上の階へと引っ張った。

階段を昇り終えると、現地人と思われる男達が列をつくっていた。列の先にある部屋の中を見ると、赤や黄色などあでやかなサリーを身にまとった一〇人ぐらいの女性たちがいる。

女性たちは個別に部屋を持ち、客からの指名が入ると、自分の部屋に連れて行くらしい。店はなかなか繁盛しているようだった。

そしてこの時、僕は「娼館」にいるのだと知った。

 

「お前もどうだ?外国人は一回十ドルだ。」

従業員の一人が僕を誘った。太った体と大きく出た腹が、いかにも「娼館のポン引き」らしく見えた。

「いや、やめておくよ。」

僕が答えると、

「お前は女が好きじゃないのか?」

男はしつこく僕を誘う。

「いや、もちろん女の子は好きだけど・・・」

答えながらも、断る言葉を捜していた。

「ちょうど、今日いい子がいるんだよ。ムンニって名前で、目は小さくてお前の国の子みたいだぞ。絶対お前、気に入るから見ていかないか?」

 

確かにバングラデシュの女性は綺麗な人が多かったが、性欲を掻き立てられるような場所ではなかった。

僕は「明日にするよ」と適当なセリフを残して、部屋に戻った。

 

結局その娼館には十日ほど滞在することとなった。

その後、男達が列をなす光景は毎日変わらず繰り返されていたし、従業員たちは懲りずに毎日僕を買春に誘った。

「明日にするよ」と、毎日同じセリフで彼らの誘いをかわしながらも、そのやりとりやその宿の雰囲気を僕はなんとなく心地よく感じていた。

 

その宿の最上階は、小さな食堂になっていて、毎日夜9時を過ぎると仕事を終えた娼婦たちがカレーを食べていた。

彼女達は、バングラでは数少ない外国人である僕に好奇の目線をいつも送っていたし、何より毎日宿に滞在しながら一度も女性を買わない極東からの客が何をしにここにいるのか、不思議に感じているのが分かった。

 

そして、目が合うと微笑みかけてくれるその瞳の中には、なぜか日々を生きる希望が見えた。

たとえ「娼婦」という職業が自ら望んだものではないとしても、強く生きていく決意が笑顔の中にあった。

少なくとも僕はそう感じた。

 

 

次の日の朝九時、ノックの音で目が覚めた。ドアを開けるとリンコンがそこにいた。

リンコンは娼館で働く男の中で唯一、英語が話せる男だった。彼は二十三歳で、僕の一つ上、物腰の柔らかさが印象的な青年だった。そして、少しだけおせっかいだった。

「朝飯はたべたか?」

「いや食べてない。」

 僕は答えた。

「じゃあ食べに行こう。」

ふと手足を見ると、何箇所か正体不明の虫にさされ、赤く腫れていた。

 

階段を下り、宿を出ると、そこには朝のバングラデシュの風景が広がっていた。

世界のどの都市でも見たことがないような人の波、車のクラクションと排気ガスで濁った空が目の前に広がった。今まで色々な国々を旅してきたけれど、他のどの都市とも違う混沌があった。ここが「高級住宅街」なのか・・・僕は目を疑った。

リンコン宿の隣にある食堂に僕を連れて行き、ナンとライスのどちらがいいか僕に聞いた。

ライスを頼むと、5分と経たないうちに、皿に盛られたカレーが無数のハエと共に出てきた。その光景には正直とまどったが、失礼がないようにその皿を平らげると、周りに人々が好奇の視線で僕を見つめていた。調子に乗ってもう一皿カレーを頼むと、群集から歓声が上がった。

「バングラデシュのカレーはうまいか?」

日本の食べ物とどっちがうまいか?」

群集たちは嬉しそうに僕を質問攻めにした。

そして、どこから汲んだのか分からない水を、汚れたコップに注いで僕に勧めた。

その間、リンコンが無言で会計を済ませてくれていた。

 

朝食を食べると、リンコンは仕事に戻り、僕は宿の周辺を散歩した。

一億六千万の人口を抱えるこの国ではあるが、某ガイドブック「地球の歩き方」は存在しない。人口200万のブータンのは存在するのに。

ダッカの街は汚く、ごみが散乱する。観光客の姿は皆無だ。

日本人の僕が歩けば、回りの人間の視線を一身に集めることになる。

物乞いの数は、僕がこれまで訪れたことのあるタイ・カンボジアなどの東南アジア、エジプトやパレスチナなどの中東諸国とは桁が違った。街中にあふれている。

どんな国でも、高級住宅街とその周辺は近代化されているものだった。でもここは違う。

どんな国でも、ネットカフェも外国人向けの安宿も無数に存在していた。でもここは違う。

首都ダッカの高級住宅街にもかかわらず、僕が発見できたネットカフェはわずかだった。

中級レストランは数件あるだけほかは蠅の飛び交う大衆食堂だ。カレーとナン、ライス、カレーの種類はチキンとマトン、フィッシュしかない。

 

途上国を旅するとき、基本的にはその町の雰囲気に溶け込むように努力してきた。

しかしバングラデシュはそのような国々と、発展のレベルが違うのだ。ドラクエで例えるなら、レベル20でバラモスに挑んでいる気分だ。

 

そんなことをダラダラと考えながら、ふと見つけた公園のベンチに座った。濁った水辺の近くには、何人かの男女が肩を寄せ合って座っている。水や芝生、そしてまばらな樹木と人影は僕を落ち着かせた。

僕は近くの売店で買ったコーラを空け、コーラの味だけは万国共通であることを確認し少し安堵した。途中、ピーナッツ売りがやってきたので、5タカでそれを買いコーラのつまみにした。

それにしても、ダッカはうだるような暑さだった木陰に座っていても、汗が次から次へと噴き出してくる。東京ようやく春を迎えようとしていることを忘れそうになった。僕は濁った空を見上げ、この場所も同じ空の下で日本と繋がっていることを不思議に感じていた。

「ヘイ、ミスター、どこの国から来たんだ?」

声のする方向に振り向くと、いつのまにか三〇人ほどの人々が集まっていた。

「またか。」

と思った。僕は若干この状況に辟易とし始めていた。

「日本だよ。」

仕方なく、僕は答えた。

「おーメイドインジャパンか!!」

群集は興奮する。

「あなたのお父さんとお母さんの名前は?」

「何歳?」

「何の仕事をしている?」

「日本のどこに住んでいる?オオサカか?ヨコハマか?」

 

段々と面倒臭くなってきた僕は、彼らに呼びかけた。

「一列に並んでくれ!質問は一人一個!」

従順な群集たちは一列に並び、皆似たような質問をした。

質問が終わると、

「ネクスト!」

と叫び、次に並ぶ人を手招きした。

 

全員の質問が終わるころには、日が暮れ始めていて、僕はくたくたになっていた。その夕日だけは、世界のどこで見たものよりも赤く、そして美しかった。

 

(続く)