ICUのウェブサイトには書いているのだけれども(http://subsite.icu.ac.jp/prc/mail_magazine/contents/081030/yashuda/yasuda_01.html)、僕は18歳までどうしようもない生活を送っていた。
毎晩駅でたむろしたり、暴走族の下っ端みたいな感じでバイクを乗り回したり、学校にも行かず鬱屈した毎日を送っていた。
 
そんなある晩、とある暴走族のメンバー(仮にA君としよう)とその仲間たち三人と江ノ島で遭遇してしまった。
当時A君とはカンパ(上納金みたいなもの)に関してもめていたため、最も会いたくない相手だった。
4対1の喧嘩になったのだが、たいして喧嘩の強くない僕は、当然ボコボコにされた。
 
ちょうどその時警察が見回りに来た。
彼らは逃げたが、僕は逃げる体力もなく、警察署に連れて行かれた。
 
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もう顔も覚えていないのだが、過去にも何度か話しをしたことのある警察官だったと思う。
ふと、彼が言った。
「Aもそれなりに大変な人生を送っているんだよ。あいつの両親は中学の時に出て行って、それから一人で妹を養いながら生きているんだ。」
 
継母と折が合わず夜の街を彷徨っていた当時の僕は、彼と僕が何も変わらないことをそのとき初めて知った。
家族とか社会とか世界とか、なんでこんなに不平等なんだろうと思った。
なぜか分からないけれども、自分にはそんな社会を変えられるかもしれないって思った。変えたいと思った。
ちょうどその頃起きたアフガン空爆・イラク戦争を経て、大学進学を志す気持ちは固まった。
 
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先日、将来的に一緒にNPOをやっていきたいと思っている先輩と夜通し語り明かした。
自分が何をしたかったか、思い出した。
 
自分ではどうにもならない社会の構造とか仕組みによって、翻弄されている人々に何ができるか。
高校時代も、イスラエル・パレスチナにいた頃も、バングラデシュの娼婦街にいた時も、全て自分の中では繋がっている。
そして、そのときの気持ちを忘れないことは、今僕が生きる大切な意味になっている。