最近は日本の地方に関心がある。
 
貧乏だが尊厳が担保されているバングラデシュの農村と、そこそこ食えるがコミュニティから分断され尊厳が失われている(と当人たちが感じている)派遣の若者たちや山谷の労働者たち、どちらが幸せなのだろうかと去年から考えていた。そのためこの半年は、東京で映画の編集をしながら、ちょくちょく親戚や友人の住む地方都市を訪ね現状を聞きまわっていた。
その時は東京で孤独の中にいる底辺の人々が農村に帰るようなスキームがあればよい、と単純に考えており、農村で第一次産業に従事することは、それだけでセーフティネットにもなるとも考えたいた。
しかし調べていく中で分かったことは、地方もひどい状況にあるということで、それは自殺率ベスト3が秋田、青森、岩手などで争われていることからも分かる。
資本主義下での競争に敗れたとしても、尊厳と担保してくれる地縁的・血縁的社会があればよい。しかし、地域か活性化しなければ、そのような社会は復活しづらい・・・ 
 
今日のvery50の勉強会では、「場所文化フォーラム」の後藤さんが講師だった。http://very50.com/college/pastLessons.php
端的に言えば、地域住民の生活の中から生まれた固有の価値をビジネスに結びつけ、その成功により地域のアイデンティティを復活させていく試みをなさっている方である。
先月の勉強会では、同じく「場所文化フォーラム」の吉澤さんの講演を拝聴したが、それも同じく刺激的であった。http://very50.com/college/pastLog.php?bid=243#243_title
地方は東京を模倣するのではなく、それ固有の価値を生み出していく存在になるべきだという主張と、それに即した活動は、都市に流れ続ける人口に悩み続けるアジアの途上国にも適用できるモデルかもしれない。
 
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経済発展と人々の幸福度は違う、そんな当たり前のことに気づいてから、自分はどんなことに価値を見出せるのかずっと悩んでいた。
僕は好き嫌いがはっきりしすぎていて、興味のないことだと全くモチベーションが湧かない・・・例えば日本や途上国の経済発展に貢献することにも、例えば途上国にIT技術を普及させることにも、例えば途上国の山奥(の資本主義と隔絶された場所)に学校を作ることにも、関心が湧かなかった。それが人間の幸福と繋がっているとは思えないからだ。
 
そんなことをこの一年悩んできたのだが、突き詰めて考えてみると、飢餓に苦しまず安全で美味しいものを食べられること、治せる病気で死なないことー農業と医療には「絶対的な」価値があるように思える。
日本やグローバル経済に翻弄され続ける途上国で、農業や医療に関わることができないかなぁと最近は漠然と考えている。
(だから会社の配属、生活産業部にどうしても行きたいー!)