東京地裁に行ってきた。
韓国人の不法滞在事件と、強盗殺人事件、麻薬所持、の三つの裁判を傍聴した。
 
 
中でも、強盗殺人事件が興味深かった。
強盗に入った犯人が、留守宅だと思って侵入した家には家族三人がまだいたため、慌てた彼は三人を刺して縛り、電話線を抜いた後、逃走したという事件だった。
結果、一人が死亡、二人が重傷、となった。
そして、殺す意図まではなかったのか、それとも殺す意図まであったのか、というのが検察側と弁護側の争点だった。
(おそらく刑法上は、前者が殺人罪、後者が傷害致死罪になるのだと思う)
 
検察のプレゼンテーションはうまかった。
きれいなパワーポイントにあわせて、完璧に練り上げられた原稿を流暢に読み上げる。
ただし、よく聞いていると論理のつめが甘い。なかでも「被害者を縛り電話線を抜いたのは、殺人の意図があったからだ」とする点だった。
外部者の発見を遅らせるために、確実に逃走するために、被害者を縛ったという方が論理的だろう。
 
一方で弁護側のプレゼンテーションはひどかった。
詰まりながら、なんとか主張を読み上げているのだが、緊張のあまり声が震えているのだ・・・
主張は論理的だが、当然ながら説得力はなかった。
 
 
裁判員制度が始まるらしいが、これからはプレゼンテーションのうまさが判決を左右することになるのだろう。
東大の本田由紀准教授が「ハイパーメリトクラシー」という言葉を使って、ポストモダン社会では単純な「学力」から「想像力」「コミュニケーション力」が重要となってくる、と述べていたのを思い出した。これから検察官や弁護士に求められる能力も変わってくる。
 
僕は「市民」一般を、それほど賢くて論理的だとは思っていないので、こういった司法の状況をあまり喜べない。