僕は、大学に入った時点で二年間人より遅れていた上に、中学・高校とまともに勉強したことがなかった。
そのため、基礎学力というものが元々欠けていて、大学に入ってからも何度か恥ずかしい思いをしてきた。
 
そんなわけで大学二年生のある時期、一日一冊本を読む、または一日一本映画を見るという決まりを自分の中で作った。
当時、海外での活動は非常に充実していたのだが、日本の学生生活に戻るとどうも退屈で、そんな学生生活を有意義なものにしたいとも思った。
 
当然その決まりを忠実に守ることはできなかったのだが、それでも一年に200冊ぐらいは読んできたんじゃないかと思う。
僕のようにレールにのって生きていくことが難しい人間は、知を磨くことがリスクヘッジにも繋がる気がしていた。
 
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先日、ある友人が、「速読術とは本当に価値のある本に出会うためにある」というある評論家の言葉を引用して、「一年間に五冊でも良い本にめぐり合えたら、それで十分だ」みたいなことをブログに書いていた。それが、読書について考え直すきっかけとなった。
本を読む、映画を見る、というのは、対象との対話が成立して初めて意味が出てくるんじゃないか。その一冊、一本を基点として、何かを考え続けることができればそれで十分じゃないか。
(だから安易なビジネス本ブームが僕は嫌いになった)
 
そんなわけで、10月バングラデシュから帰ってきてからは、本の読み方を変えた。
まず読む価値がないと思った本は本棚に即しまう。多少なりとも価値があると思える本に出会えたら、気になる箇所は何度も読み返し、そこから「何か」をずっと考え続けている。
時間があればMixi等でレビューを書いて、その時の感覚を忘れないようにする。
おかげで、「名作」といわれているものは、本当に読めば読むほど発見があることに気づけた。
 
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年をとるにつれて考えなくてはならないことが増えてきた一方で、時間はどんどん足りなくなってきているのを、このごろ感じる。
今後どれぐらいじっくり本を読む時間があるのか、ちょっと不安だ。