僕は小さい頃から、いじめられてばかりだった。
 
キノコ頭に寝癖がついていて、運動神経も極度に鈍くて、机の中にはいつも腐った給食の残りのパンが入っているような、僕はそんな小学生だった。
友達とどこかに行くにも自転車をこぐのが下手すぎて、一人遅れているような子どもだった。
そんなのだから、小学校三年生ぐらいのときクラスで無視されるようになり、僕と会話をしたら「ごめんなさい」と謝らなければいけないというルールが作られ、僕は学校に行けなくなった。
幸いにも担任の先生が解決してくれたため僕は再び学校に行けるようになったが、それから計算とサッカーの二つだけは負けないように努力した。
その二つができれば、クラスというコミュニティの中で支配的な存在になれるのではないかと漠然と考えていたからだ。
 
両親とあまり仲が良くなかった関係で、中学は私立の全寮制の学校に通っていたのだが、相変わらず鈍くさいので、そこでもよくいじめられた。
ひとつの部屋に二段ベッドが四つ、計八人住んでいたのだが、10時15分の消灯時間が過ぎると、どこからともなく「安田ってむかつかね?」と声が上がり、僕以外の七人による非難が始まった。
昼間にちょっと部屋を離れればベッドの上にゴミを撒かれ、 病気などで長期間寮を離れれば僕の荷物は一式盗まれていた。
そんなことが続き、また東大を信奉する学校の方針が気に入らなかったこともあって中学二年生のとき学校を辞めたのだが、公立の学校に移るのを機に「髪型」や「ファッション」にこだわってみることにした。
見た目が「不良」っぽいこと、「おしゃれ」であること、そういったことが学校というコミュニティの中心になる上で必要なことだと思っていた。
 
転校してからは原宿の美容室に通い、買い物のたびに代官山~原宿まで歩いた。そうしたら中学の女の子の後輩たちから毎日のように追いかけられるようになった。
高校に入ってからは肌を真っ黒に焼き、毎日駅にたむろし、ナンパをし、合コンに明け暮れ、それなりに楽しい毎日を送るようになった。(人生におけるモテ期はすべてここで使い果たされた)
ただ一方でその頃の友人たちが次々と高校を中退していき、また高校を卒業してコンビニやガソリンスタンドのバイトで時間を切り売りしてなんとか生活をしているのを横目で見ながら、「支配的な言語、パラダイム」が変わってきたのを感じていた。
そして、僕は一流大学をめざした。(「国際問題を勉強したい」と思ったのが最も大きな理由ではあるが)
 
 
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大学に入ってNPO・NGOに関わるようになって感じた一番の問題は、この「支配的なパラダイム」への認識だった。
理念は正しい、善きことへの意思が強い、しかし「表出」と「表現」が異なるということを理解していない。正しいことをしたいという意思と、それが効果を持つかという可能性は別問題なのだ。
ダサいオジさん、オバさんがカッコ悪く理想を伝えたところで、若者の心には響かない。
正論を真正面から訴えたところで、企業にとっては経済的な利益が最優先である。社会とはそういうものだ。
 
だから、この社会が資本主義というシステムで動いているのであれば、その「資本主義」というシステムをまずは知り、むしろ利用した方がよい。
その支配的な言語、パラダイムを掴み取り、同じ土俵にのった上で、「正しい」ことをすることが、もっとも効果的だ。
社会的企業にあこがれていたのもそういう理由からであり、就職活動当初外資金融や外資コンサルを受けていたのも、それが社会において支配的なパラダイムだという直感があったからである。
 
もっといえば、三年遅れ新卒の僕があらゆる業種から内定をもらえた理由は、「その人を支配するパラダイムは何か」を考えていたからだと思う。
外資コンサルの人にも、商社の人にも、マスコミの人にも、その年齢、性別によって、支配されているパラダイムがある。
それを掴み取ることが、所謂「コミュニケーション力」だと僕は思っている。(それを僕が持っているか持っていないかは別にして)
ある人を支配しているパラダイムと合い、かつ、その人の敬意の対象となりうるようなネタを、自分の引き出しから探すことがコミュニケーションの基本であるような気がしている。
 
 
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秋葉原で起きた事件の犯人に関して僕が一番引っかかったことは、「モテない理由は不細工だからだ」という書き込みだった。
20歳過ぎた女の子が、男を顔で選んでいる例はそう多くない。そんなパラダイムへの認識も、コミュニケーション力が左右する。
AERAで特集されていたように、見た目や学歴や収入といった「画一的な価値観」から、コミュニケーション能力という「複雑で定量化できない価値観」の重視へと社会が変容していくのだとすれば、ますます生き辛い人が増えていくのかもしれない。
そしてあの犯人自身が、未だに見た目や学歴、収入といった「画一的な価値観」に縛られ、その変容に気づいていなかったのだとすれば、皮肉なことだと思う。