卒業論文を提出した。
バングラデシュの娼婦たちの様子を「主体」と「構造」という二つのキーワードで描けた。
ワードで60ページあるので、ここにアップできないのが残念だけど、見たい人がいたら是非言って欲しい。(何年か働いたら大学院に戻る可能性はかなり高いので、論文への意見が聞きたいっす。)
 
理論的にはギデンズの「構造論」などを使ったんだけど、娼婦たち「主体」が「構造」によって翻弄されながらも、「主体」が「構造」を変えていくような可能性を示せたという点で、自分にとってはかけがえのない論文が書けたと思う。
 
ある先輩が昔、「卒業論文なんて緑のマキバオーほどの価値もないことに気づいてしまった。」と言っていて、最近まではかなり納得していたのだが、たとえ社会的にはなんの価値もなくても、ICUで学ぶ中で必死で考えていたことをまとめられたのは本当に良かったと今なら思う。
 
別の回に書こうと思うけれども、「主体」と「構造」というのは、僕にとって人生のテーマだった。
幼い頃に家を出ねばならず、精神的に家庭の保護を受けてこなった自分が、一度落ちるところまで落ちてしまったこと、そしてその中でもがいてなんとか今があるということ、僕は常に越えられない「構造」を意識しながら、でも一方で「主体」を信じて生きてきたから。
 
 
 
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 娼婦たちの多くは、売られたり騙されたり、または自らの意志、様々な理由で娼婦街にやってきて、Shordaniと呼ばれるマダムの隷属下に数年間おかれた後に「自由」を手にする。けれども、自らの意志で来た少女だけでなく、家族から売られたり、ブローカーに騙されたりして娼婦街にやってきた女性たちまでもが、多くの場合「自由」を手にした後も娼婦として留まることを選択する。それは、なぜなのか?そして、そのような状況の中でも一部の娼婦たちが娼婦街を出たのはなぜか?というのが卒業論文のreserch questionだった。
 
 二年間四回フィールドワークをして出た結論は次のようなこと。

 

 娼婦の多くは、「経済的」な貧困を理由に娼婦街にやってきた。売られたり騙されたりして娼婦街にやってきた女性たちも、その根本に農村部の貧困があることには変わりない。

 娼婦街で働き始めると、多くの娼婦たちは金銭的に裕福になる一方で、社会から「逸脱者」としてのスティグマを与えられる。それらスティグマによって、彼女たちは物理的に社会から排除されただけではなく、自己信頼をも奪われた。そして恋人からの裏切りなどによって、現在の娼婦としての自分がどのように社会から思われているのか再帰的に理解し、スティグマが構造化されていくのだ。

そのようにして多くの娼婦たちは娼婦街の外に出る勇気も失い、娼婦として生きていくことを「選択」する者もいれば、恋人(だと信じる)男性にすがり続ける者もいる。そのようにして、自らの危ういバランスを保っている。

一方で、娼婦街から出る選択をした女性たちには、どのような変化が存在したのか。それは恋人であり、子どもであり、そして何より彼ら彼女らの存在によって変わり行く自らの姿であった。主体と構造がせめぎあい、そこに揺動的平衡がうまれる。

 

 娼婦たちは「経済的貧困」「スティグマ」など社会の構造の中でもがきながら、それぞれの意志で選択を行っている。しかし、人間はそれぞれの選択は、主体の意志と社会の構造との非常に危ういバランスの元で行われており、だからこそ主体の選択は多様になりうるのだ。そしてそのバランスが危ういからこそ、恋人や子どもなど「ちょっとしたこと」をきっかけにして、主体は変わり選択も変わり行くのである。恋人や子どもといったきっかけは、抽象化すれば「自己信頼」(self-esteem)であり、その自己信頼を手にした娼婦の一部は、主体の意志を「娼婦を辞める」方向に変化させる。

 

 つまり、「なぜ娼婦たちが娼婦街から抜け出さないのか」「なぜ一部の娼婦たちは抜け出すことができたのか」というリサーチクエスチョンの答えは、娼婦街に「留まる」という選択肢も娼婦街から「抜け出す」という選択肢も、非常に危ういバランスの上で選択されているということに留意する必要がある。そして、彼女たちが「娼婦街から抜け出す」という選択をする時には、「ちょっとした」出来事で得た「自己信頼」が鍵となるのではないか。

 
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偉そうに、リベラルフェミニズムとセンの理論を受け継ぎながら、限界を提示してしまった。
理論的なバックグラウンドが僕の場合弱いので、こちらの方はかなり不安がある。
 
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リベラルフェミニズムは、確かに「娼婦を仕事として認め、彼女らに権利を与えよ」とした点で評価できる。彼女らの労働権が認められれば、ほかの労働者と同じように公の場でみずから搾取や暴力にさらされる状況を変えるために主張し、団結し、行動することが理論上可能になるからだ。

しかし同時に筆者はリベラルフェミニズムの主張にも批判を加えたい。それは「自由意志」と「抑圧」の二分しすぎたのではないかという点である。フィールドワークの結果に基づけば、リベラルフェミニズムの主張は当事者からはかけ離れた議論であった。

娼婦たち一人ひとりの主体は危うい存在であり、ある出来事を「意志」と感じることもあれば、「抑圧」つまり構造のせいに感じてしまうこともある。そしてその主体の危うさが、「ちょっとした」出来事でスティグマを乗り越えるような主体の強さに繋がっていくのではないかと筆者は主張したい。このように、良い意味でも、悪い意味でも主体と構造の関係は不明瞭なのである。

 

同じく先行研究として検討したセンの議論の有用なところは、経済の枠組みで全てを捉えるところではなく、主体の選択肢を尊重しようとした点である。この議論は、経済的には裕福でありながら、娼婦になること以外の選択肢を持たないバングラデシュの娼婦たちを考える上で有効だ。そして、主体に大きな期待を寄せているところにも共感できる。

しかし一方でケーパビリティ論だけでは説明しきれない多様性が主体にはある。同様の選択肢を持っていたとしても、その選択肢を選びとる力は主体と構造のせめぎあう危ういバランスの上に成り立っており、前述したようにそれが同じ構造の中にいるはずの主体たちの変化につながっていくのである。そのような主体の意思の変遷に眼を向けていない点に議論の限界があるのではないか。

 

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最終日は徹夜で論文を書いたけど、それでも昼ごろまで全く眠くらなかった。
こんなに何かに夢中になったのは久しぶりのことだったと思う。
そして、教授に見せたとき、「安田君、学問の才能あるね」と言われた時が何より嬉しかった。
 
僕は大学にちゃんと行かなかったせいで、理論分野において弱さがある。一方でたいして語学がうまいわけでもなく、誰とでもうまくコミュニケーションができる力、芸術的な感性があるわけではない。いつもその中途半端さが嫌だった。
けれども、「右脳(=フィールドワークで何かを感じ取る力)と左脳(社会学、開発学などの理論)のバランスが取れてる」といわれた時には、それでいいのかなと思えた。
 
 
 
さて、もう今月卒業です。
7月から何をしよう・・・今日はNGOでのインターン面接受けてきたけど(受かっているかは微妙)、他にも海外で働くような話はないかなぁ?途上国の仕事なら、ビジネスでもNGOでもいいので、何かおもしろそうな話があったら教えて下さい! (同時並行的に、途上国で働いて文化を知って現地語を覚えながら、映画を製作したい)