N○Kエンタープライズを除けば、結局メディアは受けなかった。
尊敬する友人たちが、N○Kや新聞社や通信社で働いていたり内定をもらっていたりして、憧れは勿論あった。
バングラデシュのドキュメンタリーに、この二年間ささげてきたわけで、憧れがないわけがない。
 
実際、就職活動の時はいくつかの会社にプレエントリーはした。説明会も予約をした。
でも自分にはぬぐいきれない違和感が残っていた。それは、僕がしたいのは「伝達」ではなくて「表現」だということだったように思う。
おそらくジャーナリズムというのは、読者が知りえない情報を正確に届けることを第一の使命としているのだけれども、それは僕の関心からだいぶそれてしまうような気がしたのだ。
 
 
三年前、イスラエル人とパレスチナ人と夏を過ごしてからだと思うけど、僕はアメリカや国連はどうあるべきかとか、または日本の道路がどうのこうのとか、そういう類の議論にほとんど関心がなくなってしまった。(それは一市民としてまずいのだけれども)
そうではなくて、そこに生きている名もなき市民から政治や社会はどう見えているのか、彼らと自分はどういう風に繋がっているのか、そういうことへの関心のみが高まっていた。バングラデシュの娼婦たちから世界はどう見えているのか、リキシャ引きから見た世界はどんなものなのだろうか、英語通訳を挟んで、時に片言のベンガル語で話を聞くうちに、僕はもっと知りたいと思った。
 
世界の政治・経済がどう動いているのか、もしくは日本の政治がどうなっているのか、そちらの方が社会的な価値が高いことは間違いないと思う。
でも自分の関心は、どうもそちら側を向いていない。それから僕はテレビや新聞から遠ざかり、小説や一部のドキュメンタリー・ノンフィクションの世界に入り込むようになった。
 
また僕は日本を対象としたドキュメンタリーよりも、他国を対象としたドキュメンタリー・ノンフィクションに関心があった。
理由はよく分からないのだけれども、ある友人が「異文化の中にいるときに最も自分の感性が研ぎ澄まされているのを感じる」と言っていて、なるほどなと思った。そんなわけでバングラデシュでのドキュメンタリー制作をはじめた。
 
 
バングラデシュで分かったことは、できる限り対象のことを分かるには、言語を身につけ、長期にわたって滞在しなければいけないということだった。だとすれば、途上国に3年スパンで滞在できるような職業に就き、現地の言葉を覚え「趣味」として休みの日を使って撮影をしたい。既存のメディアではおそらく難しい。
それが商社に行こうと思ったきっかけだったかもしれない笑
ビジネスにも関心があり、ドキュメンタリーにも関心があった私にとっては、それが最も良い選択のように思えているのは事実だ。
(仕事が忙しくて、ドキュメンタリーなんて撮る暇はないかもしれないが)
 
だらだらと書いてしまったけれども、自分がメディアを受けなかったのはそういった理由からだった。
秋採用受けるか悩んだりもするけど、今のところの答えはこんな感じかなと思う。
 
 
 
 
ところで、僕の最も好きな本の一つに「アヘン王国潜入記」という本がある。
ミャンマーの反政府ゲリラの支配区ワ州に入り、言語を覚え村民と共にアヘン栽培をし、実際アヘン中毒になりながら現地に7ヶ月滞在したルポだ。
 
特に僕は、そのプロローグの文章が好きだ。
 
「私の好奇心は必然的にジャーナリズム的な関心と重なってくるところがあり、一時はかなりそちらに傾倒した。だがジャーナリストと呼ばれる人たちと話をしたり、新聞、雑誌、関連書などを読みあさるうちに、何かちがうなという異物感が腹にたまってきた。そこでは<麻薬>のルートがどうであるとか、あそこを牛耳っているボスが誰それで、CIAと極秘の結びつきがあるとか、国連やアメリカがどう動いているとか、そういうことばかりに執着していたのである。その気持ちはわかる。私だってそういうことを知りたいと思うが、しかし、やはり何かちがう。
 その異物感を一言でいうなら、多くのジャーナリズムというのは、上空から見下ろした俯瞰図ということだ。べつな言葉に置き換えると、客観的な「情報」である。「木を見て森を見ず」という戒めに忠実にしたがっているのだろうが、悪くすれば「森を見て木を見ず」の姿勢ともなる。それは不特定多数の人に伝わりやすいが、手で触ることができない。
 おそらく、私と彼らとの方法論のちがい、もしくは性分のちがいなのだろう。あるいは単に私がジャーナリストの能力に欠けているだけかもしれない。が、とにかく私としては、一本一本の木を触って樹皮の手触りを感じ、花のにおいや枝葉がつくる日影の心地よさを知りたかった。それから森全体を眺めてもいいのではないかと思った。」
 
 
全てに賛同できるわけではないが、一部今の僕の気持ちを代弁してくれてはいる。
力を持つものたちに翻弄され続ける名もなき人々に対する著者の視線はとても暖かく、こんな文章を書ける人間になりたいと思う。