内定も出揃ったので、再びweb上の日記にもどりました。
 
どこの内定を受諾するか、ほぼ答えは出ている。
でも、少なくとも今後三年間には大きな影響をもたらす選択になる。
だから妥協できない・・・
 
以下mixi上に書いた日記のまとめ。
 
 
 
4月22日
就職活動は外銀、外資コンサル、商社のうち筆記を通過した会社の七割ぐらいは最終面接まで通過した。でも内定が出たのは二社だけ。

外銀、コンサルの最終面接の時は、「本当に君働きたいの?」と聞かれ、商社の最終面接の時は「君、下積みできるの?うちははじめの三年は下積みだよ。」と何度も聞かれた。今日一緒に飲んでいた友人たちにも、「安田君はどうみても起業だ。自分が面接官なら落とす。」といわれてしまった。
学生時代を通じて、自分の頭で考えて、自分の足で行動することだけは徹底してやってきたと思う。でも、就活ではそれが逆に不利に働いた気がする。たんに能力が足りないだけかもしれないけどね。

内定を頂いた某商社では、「君がやりたいことは、うちの会社ならできる」と役員の方々までも言ってくれた。それはとても嬉しいことだった。下位商社だけれども魅力的な人が多かった。
一方で、周りの学生が上位商社しか受けない傾向があるのを横目で見ていて、某商社にどれだけの人材が集まっているのか不安もある。

 
 
4月24日
今日の昼は、某外資コンサルの内定者懇親会に参加しました。
今日話したコンサルタントの方々は、非常に魅力的な方で楽しかったです。
ただね、周りを見渡すと8割以上が理系の院生なわけで、「国際」というキーワードなしに僕は生きていけるのか、やはり疑問なわけです。

今日の夜は、Tわら君の家で、Tわら君とその同居人のT田君に、ひたすら愚痴を話していました。というより、相談にのってもらいました。ちょっと某外資コンサルに傾きそうになった心が、再び商社に戻りました。

実はやはりジャーナリストになりたいんじゃないかと思ったり。
でも僕が書いたり映像で表したいのは、バングラデシュの娼婦街で生活する娼婦たちの二年間だったり、バングラデシュで麻薬中毒になっているエリート階層の若者たちの悩みやもがきだったり、ルーマニアにいるハンガリー人のアイデンティティの揺らぎだったり、そういったものなんだよね。
たぶんそれは、「ジャーナリズム」じゃなくて「表現」であるような気がして、フリーで細々と書いていくのが一番良いのかなと思っています。

 
 
4月26日
昨日は、夕方授業をサボり、後輩A嬢と就活話。
夜は某外資コンサルで5月から働くM君と、食事。

僕はエリートに憧れる。
外銀、外資コンサル、財閥系商社→アメリカMBA→PEファンド、みたいな人生だ。某外資コンサルに行けば、適うかも。
でも、僕は二浪一留で、大学もちょっとおかしい大学だ。
好きな国は、バングラデシュ、イスラエル・パレスチナ、カンボジア。
ちょっとエリートからは遠いことに気づく。
(夕方気づいたこと)

就職先を選ぶにあたって大切にしたいことは二点。
「その瞬間が楽しいか」と「将来(35歳ぐらい?)が楽しいか」だ。

瞬間の楽しみ;
・見知らぬ途上国を這いつくばっている時に、僕は一番快感を覚える。
・自分がのびのびと活躍している時
将来;
・世界各地を自由に転々としながら、プロフェッショナルな個人として仕事をしたい→海外経験と力が必要
・仕事をしながら滞在する国でおもしろいテーマを見つけて、趣味としてドキュメンタリーやルポを書きたい

某商社
・海外にいける可能性は高い⇔でも配属リスクがある(どこまであるか?)
・長く働くことは前提→将来像と異なる?
・日系企業だから、風通しのよさは不安

某外資コンサル
・日本のプロジェクトが多い→海外にほとんどいけない
・海外の支部に異動が可能か不明
・4,5年で辞めることが前提→どこでもやっていけるような力は身につく、「成長」はできる(じゃないと皆転職先はない)
・風通しはよい→のびのびと仕事ができる
(以上、夜話し合い、考えたこと)

給料は某外資コンサルの方が高いが、某商社も30歳頃には1000万はいくとのこと。まぁ先行きは常に不透明だが。
正直言えば某商社に心は傾いているが、将来のことだから、安易には考えられない。悩む日々は続く。

 
 
 
4月27日
某外資コンサルとか某商社とか、そういう枠を取っ払って考えて見ます。

人生を迷っている今、「マイクロソフトでは出会えなかった天職」というちょっと前に流行った本を読みました。
地位も名誉も金も棄てて、途上国の教育NPOを立ち上げたアメリカ人の話です。話自体はよくあるものだけれども、読んでいるうちに大切なことを思い出しました。

僕は人生で一度だけ、嬉しさや悲しみや色々な感情が溢れ出して勝手に涙が出続けた経験があります。
三年前の夏、日本の招致し一ヶ月の平和会議を終えて帰国するイスラエル人・パレスチナ人が、涙を流して別れる姿を見たときです。
親族や恋人を殺され対立しあう民族が、一ヶ月の共同生活を経て本当の友人になったこと、その世界の美しさに僕は涙が止まりませんでした。そして純粋に、自分がその場を作れたことも嬉しかったのです。
なんていったらいいか分からないけれども、人の感性の根源みたいなものに触れられた気がしました。その日から、僕の感受性が開かれた気がします。世界も人も美しいのだと知ることができたのです。

多様で美しい世界に触れ続けたいという思いで、社会起業を志しました。世界で生きる人の温かさを表現したいというその思いで、ドキュメンタリーの制作を志しました。
けれども、「開発」「ビジネス」という名前に踊らされ、「お金」に執着し、「就職活動」に追われていくうちに、僕は大切なものを見失っていました。それがその後の三年間です。

僕はただ、多様で美しい世界に触れ、表現し、創りだしたいのです。
開発セクターに関わること、ビジネスに関わること、生きていくためにお金を得ること、そういったものは手段でしかないのです。
そのためにはどうしたらいいのか、答えを探しています。

 
 
4月29日
結局求めているものは、イスパレの時のように「何か」に夢中になれる日々。
将来ありたい自分像は、国にも組織にも縛られない生き方。

それに何を迷ったか、日曜日N○Kエンタープライズの筆記を受けてしまいました。三月にエントリーして、エントリー通過連絡が先々週だったのです。そして筆記通過連絡は五月の半ば・・・
次からブログを元に戻そうと思います。

追記
外資コンサルで働く先輩に会って、考えたこと。
就活を通じて、「一流企業」で働く人たちが、意外におもしろくないことに気づいた。そのことを先輩に話してみると、先輩もあまり会社の人がおもしろくはないと言っていた。
思想に深みがなくて、話していてつらい。
「人間存在を根本から否定されるような出来事に今まであってきていないんだと思う」というようなことを、先輩が言っていてなるほどなと思った。
ICUや他大の友人たちのほとんどは、学問、文学、映画などに興味を持って学生時代をすごしてきたわけだけれども、それって多くの人にとってどうでもいいことなのだということが分かった。悩みがないって幸せだ。

でもね、僕たちの言語って社会を回している人たちの言語ではない気がするんだ。だからこれからの数年間は、ビジネスという社会を動かすセクターにこれから所属し、そちらの言語も話せる大人でありたい。
そうなったときに初めて、社会の中での自分の位置づけが見えてくる気がする。よく考えがまとまっていないのだけれども。

 
 
5月3日
今週はひたすら人に会った。
その中で考えたことの忘備録。

外資コンサルの先輩より;コンサルの仕事について
・クライアントとのつながりが薄いと、自分の仕事がどこまで人のためになっているか実感がわかないことが多い。
・外資コンサルで鍛えられるものは「論理的思考力」、商社で鍛えられるのは「営業力」「海外との交渉力」など。一概に「成長」と言っても、何を鍛えて、将来どのようなことをしたいかが大事。

MHにて(元投資銀行と元外資コンサルの方)より;
・商社はネットワークのビジネス。下積み長い。「若いうちに成長」できない場合が多い?
・商社は風通しが悪いという話をよく聞く(→気に入らないやつは、「会議に呼ばない」など)
・コンサルの仕事:クライアントのことが好きだったから本当に楽しかった。規模が小さいコンサルだったため、新人の時からクライアントの近くで働けた(元外資コンサルの方から)⇔アクセ○チュアは規模がでかいから、クライアントとの接触がどこまであるかは不明
・世界とのつながりは重視した方がいい。(元投資銀行の方から)⇔アクセ○チュアはどこまで海外に出られるのか?

某商社の方々との昼食(OBとその課長さん)より;
・自分の課の風通しは良い。しかし、駄目な上司がいることは否定しない。そのリスクは否定できない。
・たくさんの感動した瞬間があった;e,g)中国四川省で工場の立ち上げ。最後は大泣きして別れた。

某公的機関(某外資コンサルが制度設計に関わった)の管理職の方より;
・ビジネスの基本である「モノを動かす」経験は大事
・組織の中で働くこともいい経験になるはず⇔クライアントと机を並べて働いても、やはりコンサルは組織の外にある存在
・金融、ITというシステムが比較的整った今、グローバリゼーションの中で再び商社の持つ情報力、ネットワークが必要な時代がくるはず。
・某商社は危機が続いた上に、財閥系とは異なり政治力がない→その分個人の力が問われるから成長できるのでは?

以上忘備録。
N○Kエンタープライズはどうしようかな・・・
内定が出ても、6月。それまで商社と外資コンサルを保留することは厳しい。
ドキュメンタリーの世界とはかかわり続けたい。けれども、資本主義の世界に一度漬かった方が、自分の感性が高まる気がする。「彼ら」の言語を身につけたい。就職して一生懸命仕事して、それでも「やりたければやる」というスタンスでよいのでは?
また、N〇Kで、自分の作りたいものがどこまで作れるのだろうかも疑問。

 
 
 
こうやってまとめてみると、色々分かりやすくなってきた。
ミクシではたくさんコメントいただきましたが、こちらのブログでも宜しくね。