昨日まで後輩と共に、大阪の釜ヶ崎にいた。
東京から夜行列車と鈍行列車に揺られること9時間、釜ヶ崎のある新今宮の駅に降りた。
 
駅を降りると正面に見えたのは、職安だった。
その横の通りには、路上マーケットが開かれていて、電気機器、洋服、アダルトビデオなどがブルーシートの上におかれている。
昼間からワンカップ大関を片手に路上に座り込む者、ゴミを漁る者、その数の多さに驚いた。
 
 
まず、宿を探した。
「ドヤ」と呼ばれる一泊800円程度の簡易宿泊所が立ち並ぶ。
仕事があってお金があるとき、労働者たちはこの宿に泊まるのだろう。
 
僕たちは、大通りに面した一泊1000円程度の宿にチェックインした。
部屋もシャワー室も、すごくきれいだった。
 
 
その後、再び街を散策する。
公園にはホームレスの人々がたむろしていた。
ふいに身長130cmぐらいのホームレスのおばあさんがやってきて、僕の肩をしきりに触った。
何かを喋っているのだが聞き取れない。すごく酒臭い。
生理的な拒否反応が起きた。
 
「アルコールで頭がイっちゃってるから。」
隣にいた別のホームレスが、僕に言った。
そこに漂うアンモニア臭はバングラデシュのスラムと変わらなかった。
 
 
夕方になると大阪在住の友人も合流し、彼女の宿を確保した後、大阪駅に向かった。
ホームレスの方々が自発的に作ったNPOに参加するためだ。
 
ホームレスのおじさんたちと一緒に、駅周辺に寝泊りするホームレスの方々を一人一人訪ね、健康状態をうかがう。
寝ている方の横には定期発行の新聞をそっとおいた。
その内容はホームレスの「団結」を訴える、時代遅れの活動家たちの書きなぐりだ。
 
すごく寒い夜だった。
 
 
翌朝6時頃、職安へ向かった。すでに何百人もの中高年の男性が集まっていた。
並ぶ車のフロントガラスには、
「警備員募集 三重 日給8000円 宿泊費(食事代込み)3000円」
といった、求人広告が書かれている。
 
二階に上がると、多くの人がダンボールの上で寝ていた。
少しでも風がしのげるところに集まっているのだろう。
 
その横にはいくつかの食堂があった。
大阪の友人はラーメンを頼む。200円。
後輩はラーメン定食を頼む。300円。
僕はホルモン定食を頼む。400円。
 
「この前、全てのメニューを150円値下げしたんだ。ここに来る人にもう仕事はほとんどないからね。」
食堂のおばちゃんは言った。
「おかげで食堂はほとんど儲からなくなってしまったけれど、それでも続けないと、ここの労働者の人たちは困っちゃうから。」
 
 
その後、前日訪ねた公園に赴き、炊き出しを手伝う。おにぎりとスープを作った。
配食の時間になるとホームレスの方々が何百人と列をなし、嬉しそうにおにぎりとスープを受け取る。
 
バングラデシュの物乞いたちを無視する時、僕は「自助努力を阻害するから」と理由をつけてきた。
口をパクパクあける子どもたちを無視する、あの良心の呵責を、すごく陳腐な言葉でごまかしていた。
でも、そんな言葉に何の価値もないことが分かった。そこにある事実にもっと真摯に向き合わなければいけない。
 
 
 
僕は今まで何を見てきたのだろうと思った。
何も見えてなかったし、何も見ようとしてこなかったのだ。
 
社会が近代、現代と「発展」する過程の中で、一人一人の価値観や生きる空間は多様化し、私たち一人一人は島宇宙的な小さなコミュニティーの中に存在するようになった。
だからこそ、見えなくなってしまっている世界はあまりに多くて、こんなにも近くにある事実に対して想像力を働かせることが難しくなっている。
 
そんなことぐらい、分かったいたはずなのに。