バングラデシュの娼婦街を訪ねたとき、現地のNGO(SSS)に案内を頼んだ。http://www.sssbangladesh.org/
案内してくれたツヒヌルさんは、奨学金をもらいイギリスのエジンバラ大学で博士課程に通いながら、フィールドワークの一環としてSSSで働いている。
卒業後はそのままSSSのスタッフになるつもりだという。
 
私たちは彼から娼婦たちについての情報を伺うことができた。
「あそこで働く娼婦には三つのタイプがある。一つは、お金がなくて働きにきた女性たち。もう一つはあそこで生まれ12歳になるとそのまま娼婦になる女性たち。そして最後は、親戚や知人に騙され売られてくる女性たちだ。」
 
売られてきた女性は「アンダーグラウンド」な場所で性的な訓練を受け、神経が慣らされた頃「娼婦」として働くことを義務づけられる。
仕事を重ねていくうちに、その境遇・環境にも慣らされていく。
 
「実際にあの街から出たがっていた女性を支援したこともあるが、娼婦よりも収入のよい仕事を紹介することも、その後に現実世界に適応させることも、すごく難しいことなんだ。」
 
若くてきれいな女性ならば一日一万円以上稼ぐことが可能だという。そのような女性がたとえ売春宿街から逃げ出せたとしても、その後に稼げる額に満足することは難しい。
そして、娼婦の先に待っている未来は悲惨だ。年齢を重ね働けなくなった後は、娼婦街の洗濯や掃除を請負いその日暮らしのお金を稼ぎながら細々と暮らす。そして最後は娼婦街を出て、物乞いになって死んでいく。
 
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SSSは、バングラデシュの娼婦の医療ケアやその子供たちの保育所、孤児院の運営も行っている。
娼婦街で育った子どもたちは、往々にして凶暴に育つことが多い。
SSSは娼婦よりも、その子どもたちに焦点をあて、様々な教育プログラムを用意していた。娼婦に対するケアはすごく難しいので、子どもに焦点を当てたほうが「効果的」なのだ。
 
私たちは売春宿街を訪ねた後、ツヒヌルさんと運転手の青年と共にその孤児院を訪ねた。そこでは娼婦たちから引き取られた一部の子どもが寮生活を送っている。あの娼婦街に子どもが安心して暮らせる環境はない。

 
孤児院に到着すると、そこにいる子どもたちは、世界のどの子どもたちとも変わらない屈託のない笑顔で、僕や後輩を歓迎してくれた。
手をとられ、子どもたちの宿舎や畑など孤児院のあちらこちらを連れまわされる。
そんな中で片言のベンガル語で会話をすると、子どもたちの好奇の目は一層輝いて見えた。
日がしずむ頃になり、帰りの支度を始めなければいけない時間になると、子どもたちは不満そうに僕たちの手を引っ張った。
けれども、「また来るよ。」と言い残して、僕らは帰りの車に乗り込んだ。
 
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「子どもには愛情が必要なんだ。それさえあれば、娼婦の子どもだって普通の子どもと同じように育つことができるはずだ。あの子たちの目を見れば分かるだろ?」
その孤児院からの帰りの道、ツヒヌルさんが言った。
 
「実は、この子もこの孤児院出身だよ。この前ちょうど運転手が不足していたから、うちのNGOで雇ったんだ。」
彼は隣を指差した。
「この子」とは、僕と後輩を色々な場所に連れていってくれたこのNGOの運転手だった。物静かで、でもいつも笑顔を絶やさない、そんな青年だった。
 
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どこまでも続いていきそうな深い闇の中であっても、一筋のひかりが差し込むことを知った。
そこで出会った全てのひとたちが、「幸せ」に生きられる未来が訪れることを、僕は願ってやまない。