去年カンボジアで少女売春の現場を見てしまってから、もっとこの問題を知りたいと思っていた。
今年春に初めてバングラデシュに降り立って、ダッカの売春宿に数日滞在してから、その思いは強くなっていた。
そして今回、僕と後輩はダッカから車で三時間の、バングラデシュ二番目の規模の売春宿街を訪れた。
 
現地につくと、ローカルNGOの案内のもと僕らは売春宿街に入った。
そこでは1000人以上の娼婦たちが働いているらしいが、一見するとスラムと何も変わりがない。
一日120円程度で「仕事場」を兼ねたバラックの一室を借り、娼婦たちは生活を送っている。
その街の中には、小さな売店や食堂などが点在し、生活に必要なものは何でも揃うみたいだ。
 
真っ白に塗りたくられた顔に、真っ黒に縁取られた目をした娼婦が、客を手招きする。
冷笑的な目が、明らかに「客」ではない外国人の僕らを見つめる。(しかも同行した後輩は女性)
こんな風にして何人もの外国人が、同情心からこの街に入っていったのだろう。
 
 
ある娼婦と話をする機会があった。
この街で生まれ、この街で育った彼女は12歳になると母親と同じように娼婦になったという。
 
けれども、ある日彼女は客の1人に恋をした。
それは彼女が一度だけ、誰かを信じて、希望を抱いた時間だったのかもしれない。
 
だから、彼女はそれまでに貯めていたお金を全てもって、売春宿街を飛び出し、彼の元へと逃げ出した。
日本円にして200万円以上。バングラデシュで考えたら、とてつもない大金だ。
 
でも、今彼女は、子どもと二人、この小さな小屋に暮らしている。
その男は彼女が貯めたお金を持って逃げだし、彼女は結局娼婦に戻らざるを得なかったからだ。
 
後に生まれた彼女の子の父親は、当然分からない。
僕らの案内をしてくれたNGOが運営する学校には通えているみたいで、小屋の中の小さな棚に教科書らしきものが並んでいた。。
 
もちろん客がくれば子供は外に出され、ことが済むまで小屋の外で時間をつぶさなければいけない。
でも教育を通じて、この街を出る時間はあるみたいだ。
 
そのNGOが運営する娼婦たちの子供の保育所を訪ねたとき、子供達はビデオの前で、まぶしい笑顔でポーズを作って見せてくれた。

その姿は、世界のどの子供たちとも変わらなかった。
だから、僕は彼女に聞いた。
 
「自分の子供に対してどんな希望を抱いているの?」
 
すると彼女は僕を見て冷たく笑った。
“Is it possible for you to make it happened?”(あなたがその希望を叶えてくれるの?)
 
すごくよく晴れた日だった。
その小屋を出ると、売春宿街を急いで抜けた。何も考えられなかった。
 
「私たちの世界に入らないでよ。」
道沿いに立つ娼婦たちの視線が、さっきにも増して突き刺さるのを感じた。
 
どこまでも続く白い闇がその街を覆っていて、息が苦しかった。
前を向いて歩くことさえ、つらかった。