いくつかの公立進学校の三年生の生徒が、文科省が定めた卒業までに必要な科目を履修してなかったことが分かり、マスコミが騒いでいた。
何らかのインデックスを用いて教育の達成を評価をするのは当然のことなので、問題視されてしかるべきなのだけれども、個人的には「たいしたことでもない」気がしてしまう。
 
公立の学区下から三番目の高校に通っていた私は、高校一年生の途中から、あまり学校に行かなくなった。
別にイジメに合ったとか、引きこもりだったというわけではない。
毎日朝まで遊んでいたため、起きてテレビをつけると「笑っていいとも」が終わっていたのだから、必然的に学校に行けなくなったということだ。
そして高校三年生になると、授業は毎日昼前に終わっていたから、「遅刻」もできなくなった。
 
幸いなことに、家から学校までは単車で10分程度だったので、「早起き」すれば頑張って昼前に学校に着くこともあった。
しかし学校にいても、教室を巡回しているマンガに飽きれば席を立ち、「タバコ吸ってきます」とちゃんと教師に断って、友人達と近所の空き地にたむろした。
高校時代夢中になったのはギターぐらいだったけれど、その練習を授業中にしていたとしても、ほとんど怒られることはなく、むしろ「何の曲練習してるの?」と教師とロック話に花が咲いた。
 
高校三年生に関係代名詞を教えているような学校だったけど、それでも授業はさっぱり分からなかったし、そもそも理解する気がなかった。
テストの点数は基本的には一桁だったけど、それを咎められた記憶もないし、補修も数学と体育(体育の教師だけは出席に厳しかった)以外受けた記憶はない。
数学の補修といったって、「同じ問題出すから、解答用紙覚えて来い」という再テストだった。
 
別に私は特異な生徒だったわけでなく、そういう学校だったし、それが当たり前だと思っていた。
肌は真っ黒に焼いてたし、髪の色も白とか金とかだったし、制服は太いどかんを穿いていたけど、別に不良というわけではなかった。
よく考えてみれば、中学の時も、授業中はずっと寝てたし、怪我で入院を数ヶ月していたこともあって、あまり勉強した記憶がない。
 
そんなわけで、まともに中学・高校教育を受けてこなかったわけだけれども、そこそこ偏差値が高いとされている大学でも勉強面では何とかやっていけている。
ただ唯一困っているのは、イスに座ってくだらない話を聞くことができないということだ。中等教育の効用である「忍耐力」を持つ、つまりつまらない話を聞くことに慣れている友人たちを見ていて羨ましく思うことも多い。 
 
 
そういえば、高校二年生の終わり、希望進路を書かねばならず、「わせだ大学」と書いたことがあった。
私大最難関を書いておきながら、私はその漢字さえ分からず、クラスメイトから笑われたものだった。
まして「国際基督教大学」なんて名前も知らなかったし、漢字も読めなかった。
 
そんな緩やかな時間が流れていた日常から、六年が経った。あの頃想像していた「将来」と、今はだいぶ異なるし、きっと六年後もそうなんだと思う。