グラミンバンクとムハマド・ユニスがノーベル平和賞を受賞したというニュースを聞いて驚いた。
「グラミンバンク」や「BRAC」など開発学をかじったことのある人なら聞きなれたバングラデシュのNGOsをこの目で見てみたい。それが今年の春、現地を訪れた大きな理由のひとつだったからだ。
 
「グラミンバンク」や「BRAC」を有名にしたのは、事業の中心である「マイクロファイナンス」の成功によるところが大きい。
マイクロファイナンスとは端的に言えば、「途上国の貧困層への低利子貸付」のことだ。途上国において、担保もなく信用もない貧困層が、銀行等からの融資の対象となることはほとんどない。そのため彼らは自力でビジネスを始め、貧困から抜け出すことが非常に難しかった(もちろん今も難しいことには変わりないのだけれども)。そのような状況の中で、ムハマド・ユニスがチッタゴン大学の教授だった時、大学近くにいたある貧しい女性にお金を貸してみたところ、彼女がスモールビジネスを始めて利子をつけてユニス氏にお金を返したことが、彼には驚きだったという。そのことがグラミンバンク創設のきっかけになった。
今、バングラデシュでは、あちらこちらに「グラミンショップ」というグラミンバンクの支援で作られた製品が売られている店があるし、そのインパクトがいかに大きいかは数人の現地人と話しただけでもすぐに分かる。
(ちなみに、私の使っているペン立てやパジャマは、グラミンショップで購入したものだ。)
 
そもそもグラミンバンクに興味を持つきっかけになったのは、去年の今頃、「一方通行」で「押し付け」の国際協力のあり方に疑問を感じ始めていて、これまでの「援助」とは一味違った「マイクロファイナンス」について勉強を始めたことだった。それまでの国際協力の経験から、持続可能な開発に必要なことは、まず「双方向性」だと考え始めていたのだ。
 
Developという他動詞にも自動詞にもなり得る単語を、「開発」という他動詞の名詞形で表現してしまうことがそもそもおかしいのであって、本来のDevelopとは双方向性を含意しているのだと、私は理解している(私の英語力は、ネイティブと対等に仕事ができないレベルです)。
ネパール人の国際NGOで働く友人の言葉を借りれば、"We can just encorage people who are struggleing in poverty" といったところなのだと思う。
基本的には、一年経った今も考え方はあまり変わっていないし、自分が今働いているNPOも、同様の理念の下で活動を行なっている。
 
「開発」について色々考えるところを書こうと思ったのだけれども、去年冬にちょうど大学の授業でACCION(中南米で活動するマイクロファイナンスのNGO)を調べる機会があり、簡単な文章を書いていたので、暇な方はそれに目を通していただければと思う。どうしようもないレポートだけれども、空っぽの脳ミソをフル回転させて考えていたことなので。
ちなみに、ハーバードビジネスレビューのマイクロファイナンスの特集の記事を前提として書いている。いつのかは忘れてしまったが、英語の読める方は是非探して読んでみてほしい(ハーバードのビジネススクールはこんなことをやっているんだなぁと分かる)。あと、ここで言及しているACCIONというNGOのウェブサイトはhttp://www.accion.org/
 
 
以下引用、 

私はマイクロファイナンスが国際協力の理想的な形に近いと考えている。ACCIONのマイクロファイナンスがなぜ国際協力として理想的な形だと考えるのかについて、「双方向性」「自主努力」「持続性」などの観点から分析したい。またそこから、日本も含めた先進国においてあるべき国際協力とは何かを述べたい

 はじめに「双方向性」について述べたい。国際協力は先進国から途上国への一方通行では成り立たないと私は考えている。私自身が代表として行なってきた「日本・イスラエル・パレスチ学生会議」の活動を通じて、感じたことだ。

 日本にイスラエル人とパレスチナ人を招致して三週間半の会議を行なう、その活動の最も大きな目的は、「イスラエル人とパレスチナ人との間に対話の機会を創出する」ということであった。活動の中でたびたび問われたことは、イスラエル人・パレスチナ人に対する協力が「押し付け」になっていないかということであった。つまり、紛争地で実際に生活しているのは私たちではないにもかかわらず、紛争している両者に対し一方的に平和を「押し付ける」という欺瞞が、自分たちの行為に内包されているのではないかということだ。

 そのため、私はイスラエル人・パレスチナ人のメンバーたちに述べていたことがある。日本人はイスラエル人・パレスチナ人との間に対話の機会を創出することができるが、その代わりに、イスラエル人・パレスチナ人は日本社会にイスラエル・パレスチナたちのことを交流会・シンポジウム、メディアへの出演などを通じて伝えてほしいと。

 つまり日本に市民社会を創るという目的において、私を含めた日本人のメンバーはイスラエル人・パレスチナ人の協力を必要としたのである・・・以下中略・・・・

ACCIONが行うマイクロファイナンスに目を移してみると、借り手のニーズに合っているだけではなく、半分以上のケースにおいてラテンアメリカのACCIONパートナーが収益を得ている。このことが、国際協力において必要な双方向の矢印となるのだ。 

次に「自助努力」について述べたい。マイクロファイナンスが従来の援助と最も異なるのは、途上国の人々に「自助努力」を促すという点である。

 よく日本のODA政策で問題となるような「押し付け」の援助では、本当に現地のニーズを組んでいるのかという点において常に疑問がつきまとう。それは私自身「日本・イスラエル・パレスチナ学生会議」の活動を通じて痛感したことだ。例えば、日本人が一方的にイスラエル人・パレスチナ人に対して「仲良くしろよ」と様々なディスカッションやワークショップを企画したところで、日本人側が考えるような「目的」を達成することは難しかった。重要なことは、彼らが本当に何を望んでいるのか私たちが知ると同時に、それを彼らの手によって行うことである。私たち日本人はあくまでサポートに徹するべきなのだと学んだ。

 従来の国際開発では技術援助、インフラの整備など、基本的には先進国の優れた技術を途上国に教えるもの、または先進国が一方的に途上国の状態を向上させる種類のものが多かった。マイクロファイナンスでは、この点が大きく異なる。お金の借り手は基本的には、自らの力でビジネスを立ち上げ(もちろん様々なアドバイスは受けられるが)、自らの力で発展させていかなければならない

 さらに、そのことが思わぬ波及効果を生み出す可能性がある。グラミンバンクの例では、今までお金を持つことが伝統的にできなかったバングラデシュの女性たちが、自らの手でお金を運用するようになったことで自分に自信が持てるようになり、その結果として徐々に女性の地位が向上してきている。また教育の重要性に気づき、女性が社会進出することの理解へも深まってきている。

 与えるだけではない援助の形態は、一見すると途上国に対して苦痛を与えるように見えるが、長期的に見れば途上国の下層の人々に自主性を与え、生きる希望を持つことに繋がると言える。

 次に「持続性」について述べたい。ACCION持続性の重要性について考え、実際にマイクロファイナンスによって利益を上げている。もちろん資金的な援助をくれるドナーの存在がマイクロファイナンスにおいて不可欠ではあるものの、ACCION実際にラテンアメリカの半分以上のパートナーが利益を上げ、さらに「利子」を通じて年間110ドルもの利子収入を獲得している。このことはACCION持続性の高さを示している。

一方日本では、自主財源を持たず政府や財団の資金援助に頼っているNGO多い。市民社会が未熟であり、国際的な問題に関心の薄い日本では、自主財源を持たない限り経営が安定しない。一つ一つの財団申請の結果に一喜一憂し、それに活動を左右される。このような状態は私が行ってきた学生の団体だけでなく、名の通った日本のNGOでも同様だ。この点においてもACCION行ってきたマイクロファイナンスは、参考となる部分が多いと言える。

最後にACCIONの例でも述べられていた、主に日本のNGOBRANDINGを分析したい。

実際に講演などに足を運ぶと、多くのNGO関係者が言及する点ではあるが、彼らは新たな使命を持っている。それは、「日本に市民社会を創る」ということだ。しかし、NGO関係者の一部からはプレゼンテーションの未熟さを感じてしまう。あるNGOの20周年記念大会に出席したときなどは、パワーポイントの文字が画面から切れてしまっていた。今現在の彼らは一般市民に届く言葉を持っていない。そしてそのための努力を最大限に払っているとも思えない。

日本社会において、世界で起こっている紛争や貧困に対して何かをしたいと思い実際に行動することは、多くの場合「偽善」と受け取られてしまう。自分たちの選んだ政治家がイラクに自衛隊を送っておきながら、「中東の問題など、日本になんの関係があるのか」と言う意見が、日本ではまかり通る。それは私自身感じ続けたことだ。

幸いなことに、ACCTIONはアメリカ合衆国内において知名度は上がってきているようだが、日本のNGOSで知名度が高いものはほとんどないACCIONが述べるBLABNDINGの重要性は、日本社会においてさらに重要性のあることだと私は考える。この点においても、日本NGOACCIONに学ぶべき点ACCIONと問題を共有できる点は大きいと私が考える。