半年前、バングラデシュのダッカ空港に着くと、僕はタクシーの運転手に「最も安い宿に連れて行ってくれ」と頼んだ。
しかし訪ねたどの宿も一泊10ドル以上したため、僕は滞在を拒否し続けた。
観光産業の発達していないバングラデシュでは、所謂「安宿」はほとんど存在しないみたいだった。
タクシー運転手はこのケチな東洋人に苛立ち、結局彼は僕を「売春宿」に連れて行った。一泊5ドルだった。
 
部屋に入るとすぐに、ホテルの従業員たちが大勢やってきた。
バングラデシュでは珍しい日本人に、集まった10人以上の従業員が片言の英語で質問攻めをする。
年齢、家族構成、恋人の有無、好きな食べ物、バングラ滞在の理由、あまりに無邪気な彼らに羨ましささえ覚えた。
 
質問が終わると、従業員の1人が僕の手を掴み上の階へと引っ張った。
そこには何人かの娼婦たちが待機していて、バングラ人と思われる男達が列をつくっていた。
娼婦たちは個別に部屋を持ち、客からの指名が入ると、自分の部屋に連れて行くらしい。
店はなかなか繁盛しているようだった。
 
男達が列をなす光景は毎日変わらず繰り返されていたし、従業員たちは懲りずに毎日僕を買春に誘った。
「明日にするよ」と、毎日同じセリフで彼らの誘いをかわしながらも、そのやりとりやその宿の雰囲気を僕はなんとなく心地よく感じていた。
 
その宿の最上階は、小さな食堂になっていて、毎日夜9時を過ぎると仕事を終えた娼婦たちがカレーを食べていた。
彼女達は、バングラでは数少ない外国人である僕に好奇の目線をいつも送っていたし、何より毎日宿に滞在しながら一度も女性を買わない極東からの客が何をしにここにいるのか、不思議に感じているのが分かった。
 
そして、目が合うと微笑みかけてくれるその瞳の中には、なぜか日々を生きる希望が見えた。
たとえ「娼婦」という職業が自ら望んだものではないとしても、強く生きていく決意が笑顔の中にあった。
少なくとも僕はそう感じた。
 
結局僕はその宿に一週間近く滞在した。
彼女達が何を考え、何を思っているのか。
そんなことを知りたくて、彼女たちに焦点をあてたドキュメンタリーを作りたいなと思っている。