二日連続のブログ更新。
******
今マケドニアのオヒリドなるリゾート地にいる。
一人で過ごすリゾート地など、何の楽しみもない。
なので今日の夜行バスでブルガリアのソフィアにいきます。

ソフィアでブルガリア美女たちを戯れたいところだけど、そんな金はまったくない。
早く物価の安いトルコに入らないと、資金がつきる。

荷物を詰めたりで一度ルーマニアには戻らないといけないけど、研究所には戻らないことにした。
******
研究所にいたとき、周りはルーマニア人とアメリカ人・オーストラリア人だけだった。
いつも言語的に取り残されていて、つらかった。
街を歩いているとき周りから差別的な行動をとられるたびに、自分がアジア人であることを意識せざるをえなかった。

もともと研究所のやっていることに賛同したわけではなかった。
机上の空論をこねくりまわしているようにしか見えなかった。
「紛争」だとかを扱っているくせに、同僚たちは途上国の現状を自分の目で見たこともなかった。

一番いやだったのは、パレスチナ人のビザに関してのことだった。
研究所にパレスチナ人二人を呼ぶ予定だったのだけれど、同僚はパレスチナ人たちに
「ルーマニアビザをヨルダンかイスラエルに行ってとって来い」
とメールで指示を出していた。
一部のパレスチナ人にとってヨルダンに出るということが、非常に難しいということを、パレスチナ人からも私からも説明したけれど、わかってもらえなかった。

だから私がパレスチナに行くときに「ビザの手続きをする」と同僚に伝えた。
私が現地にいるとき、メールでビザに必要な書類(インビテーションフォームなど)を送ってもらうことになっていた。
でも時間がなかったのか、結局同僚は資料を送ってこなかった。

紛争地にいる人間がどのように生きているのか、想像力を働かせてはくれなかった。

******
もう無理だと思った。ここにいても意味がないと思った。
二ヶ月間たいした仕事はしなかったし、学んだことも何もない。
強いて言うなら、「英語をもっと勉強しないとまずい」ということに気づけたぐらい。

いいたいことは山ほどあったけど、英語力が足りない。

強いアメリカンアクセントで英語をまくしたてられると、もう何も言えなくなる。
我ながら情けないなと思う。

強くありたいと思ってずっと生きてきた。
小学校を卒業して家を飛び出してから、ずっと強くありたいと願ってきた。
頼れる人間なんて誰もいなかったし、弱さを見せたら誰かつけこまれると思っていた。

だから、どうしようもない高校時代から立ち直って大学にいけたのだろうし、大学に入ってからもそれなりに活動で実績を残してこれたのだと思う。
ストイックに自分の目標を達成することは、強さの証明だった。

でもそれじゃすごく生きづらい。
自分をだましだまし生きることには、そろそろ疲れてきた。

******
イスラエル・パレスチナを一緒に旅をしていたH嬢(某財団就職予定)とはよく就職の話をした。
H嬢は就活の時、「社会を見る」ために一般企業を志望したけれど、エントリーシートを書いているときに書く言葉が見つからず、諦めたらしい。
自分のやりたいことを自分のできる枠の中でやっていきたい、そんなことを彼女は言っていたように思う(間違ってたらごめん)。

素直に自分の弱さを認められるのは羨ましいなと思った。

そろそろ私は、幼児的全能感から抜け出さなければならない。自分のできる枠を見定めなければならない。
そんなことも、ルーマニア生活で学んだことかもしれない。
******
今回の経験は久々に味わった大きな挫折だったように思う。

大学休学してまで、私は何をしているのだろう。

何もしなかった。