コソボは居心地がよかったため、ついつい長居してしまった。
忘れないうちにコソボ事情を。

 
 
外務省の海外渡航安全情報によれば、コソボはイスラエル軍の攻撃が始まったレバノンのイスラエル国境付近と同列の扱いを受けている。退避勧告までカウントダウン、イラク一歩手前といった感じだ。

 
紛争が終わって7年が経った今も、まだ情勢が安定しないみたいだ。
入国する前はマケドニアで少々体を休め、コソボを前に緊張していた。

 
 
 
しかし入国後、そんな不安は消え去る。 
 
 
予めチケットを買っておいたマケドニア発コソボ行きのバスに乗り遅れてしまい途方にくれていたところ、コソボ人のバスの運転手がアレンジして別のバスに乗せてくれた。
 
コソボについた時、現地の知人に連絡しようと思いバス停近くの売店のお兄さんに電話の場所を尋ねると、彼は嫌な顔一つせず自分の携帯を差し出した。
 
ルーマニアではありえいような人の優しさだ。ヨーロッパに対する嫌なイメージが変わった。
 
 
 
 
ここはなぜか空が近かった。
夕焼けは地面までも赤く照らしていたし、満月の夜は月が落ちてきそうだった。
 
紛争とか宗教対立とか貧困とかで騒がれる地域にも、豊かな文化や人が生きているということを、私は忘れてしま
っていたように思う。
ここもパレスチナやバングラデシュと同様に美しい場所だった。
 
 
 
コソボには、昨年春に某国際学生会議で知り合った友人がいた。彼は国連で働いている。
滞在中は彼の家の空き部屋に滞在させてもらい、彼のお母様が作るコソボ伝統料理を楽しんだ。
 
その友人は平日仕事で忙しかったため、妹さんに街を案内してもらうことが多かった。
美しい女性(ただし彼氏持ち)に案内してもらったおかげで、コソボの風景がいっそう美しく見えたのは、言うまでもない。
 
(余談だけれども、この友人の妹は一昨年団体で活動していたM嬢のイギリスの高校での同級生だった。世界狭すぎ。)
 
 
 
さて、ひとつ確認しておくと、コソボはムスリム国家だ。
 
街のいたるところにモスクがあり、朝はアザーンの音で起こされることもしばしばだった。豚も基本的にはまったく食べないし、商店にもポルノ雑誌のたぐいは見当たらなかった。
 
徐々に状況が変わってはきているみたいだが、いまだにお見合い結婚も多いし、結婚するまでセックスもしないのが普通みたいだ。
 
 
 
しかし、街を歩いていると、そんなことは頭から消え去る。
女の子の胸の開きがすごい。背中もあけすぎだ。
 
コソボにいる知人いわく、
「売春婦みたいに見えるかもしれないが、実際はただああやって男たちを挑発しているだけなんだ。それ以上に何の意図もない。」
らしい。
 
なんとも複雑な国だ。