"they lost"
 
一昨日、パレスチナ人のある友人にメッセで話しかけられたのだが、当初意味が不明だった。
 
"who are they?"
 
ワールドカップの日本チームのことだった。
 
 
4年前、私は一試合を除いて日本戦は全て競技場で見た。準決勝も決勝も競技場で見た。
 
 
仙台まで日本対トルコ戦を見に行った時だったと思う。
 
トルコ側の人間が日本側のファウルで倒れるたびに、隣の女性が騒いでいた。
「死ね!」「消えろ!」
 
その時から、急に「日本を応援すること」に冷めてしまった。この女性と同じ共同体に属するということに、恥ずかしさを覚えた。その共同体の一員として、その象徴を応援することが面倒になった。サッカーで日本を応援しなくとも、彼女よりは日本社会に貢献する人間にはなれるだろうなと思った。
 
 
 
去年の冬のことだったと思う。
とある女子大生たちと合コンをしていた時、会場となった居酒屋では日本対北朝鮮戦が中継されていた。
そんな時、隣に座っていた某先輩が、
「日本が勝った方がバカなナショナリズムが吹き上がらなくて済むから、私は日本を応援する。」
との発言をした。
合コンにはそぐわない言葉だが、カッコいいなと少しだけ思った。
もちろんその合コンは失敗に終わった。
 
 
何度かブログに書いたけど、元々共同体なるものにあまり興味がないのだ。
 
小学校を卒業と同時に家を出てから、住む場所や共に生活する人間を転々と変えてきた。一つの共同体に属し続けられなかった。
だからこそ、「日本」という定義も曖昧なまま、そこに属していることをアプリオリなものとして捉え、過剰な思いいれを抱くことが、私にはできないのだと思う。
 
 
 
 
先日、前述の先輩がブログにこんな文章を載せていた。
 

『ロシア生まれの父にイギリス生まれの母を持ち、アメリカで教育を受け、カナダ、英国、フランスで仕事をしてきた人間が、民族ナショナリストであるとはおよそ考えられないことだ。

コスモポリタンを名乗る者があるとすればそれはわたしだろう。

いま以上に多くの言語を話したい。これまで以上に多くの国で暮らしたい。

そして、国外移住は亡命とは違うのだということを、より多くの人にわかってほしい。

それは安住の地を「受け継ぐ」のでなく「選んだ」人間の、一つの帰属のありかたなのだ』

 

マイケル・イグナティエフという人の書いた「Blood and Belonging」の一節らしい。

久々に胸に響いた言葉だった。

 

 

浪人中に読んだエドワード・サイードの名著「知識人とは何か」の中で、「周縁として生きる」という知識人の定義があった(三年も読んでいないので、不正確な引用だが)。
姜尚中やサイードといった学者の、その特有のスタンスから来る重い「言葉」に、あの頃私は強く惹かれていた。
 
アメリカ在住のパレスチナ人でありクリスチャンであったサイード、在日二世である姜尚中、その微妙で、しかし揺ぎない立ち位置は多くの人の心を捉え続ける。
 
神奈川生まれ神奈川育ち、東京在住にもかかわらず、共同体の一員としてそれに対して強い思いいれを抱くこともできない私は、自分の帰属するべき場所がどこなのかを問う作業を欲している。
 
サイードや姜尚中のように「周縁」にはなれないとしても、それでも尚、私は彼らのような強い「言葉」を持つことを、願ってやまない。 コスモポリタンとパトリオットとの狭間で思考し発言し続ける、そんな存在でありたい。
だから今年は海外のいくつかの場所で生活をすることにしたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
話は少しずれるけれども、4年前のワールドカップの時、ナショナリズムとの関係が持ち出された。
これらは記号論・カルチュラルスタディーズの分野などで度々話題となっているテーマだ。
 
私が度々読んでいるウェブサイトに微妙に関係する記事があったので、一応コピペしておく。東京の自宅に関連する文献が置きっぱなしなので、帰国後機会を見つけてブログに書こうと思う。
 
以下コピペ。
 
スポーツはゲームである。すべてのゲームは、象徴の働きによって可能になるのだが、それはその場限りで共有されたルールにもとづいて作り出される意味の経験にすぎない。そして、すべてのゲームは、世界の時間からの離脱とその<忘却>を作り出すという効果をもっている。スポーツなどのゲームによって生み出される人間の意味の経験は、その場でのプレーが作りだしていくものにすぎない。ところが、例えば、オリンピックやワールドカップのような国民国家のシンボル体系を便宜的に採用することによって<世界産業>化した<地球規模ゲーム>の成立によって、その場かぎりでスペクタクル参加者に共有される集団的意味作用の昂揚は、<国民意識>というナショナルな意味経験にすくい取られていく。