先ほどネパール入りました。マオイストと国王との争いの中、道中30分おきに厳重な検問が行われてました。少しパレスチナを思い出しました。
さてバングラ日記は長くなりそうなので、とりあえずインド日記から。
 
 
 
19日の夜の夜行バスで、ダッカを出た。友人となったバングラ人が手配してくれたので、非常に楽だった。
 
バスの中でも国境でも、バングラ人でもインド人でもない「外国人」は私たちとドイツ人二人組だけだった。ドイツ人二人とはロードパーミッション(バングラ→インドに陸路で抜ける際はこれが必要)を取得する際も実は一緒だった。
あまり旅慣れていないらしく、道中「国境では写真を撮っても大丈夫なのか?」「インドではどこに泊まるつもりなのか?」など、質問攻めにされた。
 
11時初の夜行バスは5時頃国境に着いた。日々の充実から来る疲れから、ここのところ日本では考えられないような規則正しい生活を送っていたため、バスの中では爆睡できて良かった。バス降車所から「リキシャ」で国境のイミグレーションに向かう。国境が開く8時まで、休憩所で休んだ。
 
国境を越え少々の手続きを終わらせた後、再びバスに乗り込む。
4時間程度、中途半端に舗装された道をおんぼろバスで走る。風景はバングラの農村となら変わらない。
 
 
コルカタに着いたのは午後1時頃だった。バックパッカーの集まるという「サダルストリート」に宿を取る。ドイツ人二人組みも一緒だ。
 
コルカタの街は、正直退屈だった。バンコクを中途半端にしたような街だった。しかしバングラとは比較にならないほどの豊かさには驚かされた。バングラの後だと物乞いさえ、切羽詰まってないように見えてしまう。もちろんその数も圧倒的に少ない(次の日コルカタ郊外にいくと印象がまた変わるのだが、それは後程)。
その日は久しぶりに中華を食べたり、ビールを飲んだりして、つかのまの休息を楽しむことにした。コルカタとはそのためにある街なのだ。
 
 
コルカタ二日目は、二日酔いから始まった。
朝K氏がバラナシ行きのチケットを買いに奔走している間、私はベッドで苦しんでいた。昼頃から行動を開始し、コルカタの街をうろつく。
 
歩けば日本人だらけだ。あちらこちらで日本人同士がだべっている。彼らはなんのために、インドに来たのだろうか。
屋台で昼飯を食っていると、私の前に座る日本人に隣のフランス人が、"Are you boring?"声をかけた。日本人が私にヘルプを求めてきたので私はフランス人の代わりに「Are you boring?っていってるんですよ」と教えてあげる。
それでも分からなそうな顔をしていたので、和訳してあげた。
「ありがとうございます」
腕にタトゥーの入った、いかつそうなお兄さんは丁寧にお礼を言った。
 
私はようやく分かった。
コルカタとは普通の大学生が春休みの旅行で遊びに来る街なのだ。
 
 
沢木耕太郎が絶賛したようなかつての混沌は、もうそこにはなかった。