この二年間、色々なものを見て、色々なものを感じてきた。
その結果、何か行動をおこしたいと願い、微々たるものではあるが実際に形にしてきた。
 
 
ヘーゲルによれば、人間が他者に対して善き行いをするのは、「人間が常に他者の承認を必要とする」からだという。
NGO、NPOの盛り上がりの背景には、私たちがただ乗りしている社会システムの裏で苦しんでいる他者を見捨てることが正しい生き方だとは思わないという動機づけがあると、宮台真司はいう。
 
 
学問的な理論に基づいて色々と説明はできる。
ただ、私にとって行動の動機は「感情」だった。
 
 
 
 
9.11からアフガン空爆、イラク戦争、動いという流れの中で、動いている世界の中で止まっている自分に気付いた。不条理なことが世界の裏側で起こっているにもかかわらず、それを無視している自分がいやだった。
 
イスラエル・パレスチナは二回訪ねた。
ヘブロンではイスラエル兵に銃で脅されているパレスチナ人を見た。
ベツレヘムでは、未だ残るイスラエル軍の侵攻の跡を見た。
テルアビブでは爆弾テロを時間差で回避したこともあった。
 
素敵な出会いもあった。
ジェリコで出会ったタクシー運転手と荷物持ちの二人組みは、ジェリコの名所をタクシーで案内しエルサレムまで送ってくれた上に、たくさんの果物をお土産にと私にくれた。
第二回の会議参加者ファワーズとはヘブロンで再会した。ヘブロンとラマンラを案内してもらった。ヘブロンからラマンラでのタクシー移動の3時間ほどの時間、夏の思い出を語り続けた。
 
私の生きる社会からは何千キロメートルか離れていて、そして少し異なった価値観で動いているこの場所に、今、たくさんの友人がいる。 
 
カンボジアでも様々な出会いがあった。
ストリートチルドレンとの出会い。
どこの国の子供たちも何も変わらないのだと思った。鬼ごっこして、疲れて水を飲んで、笑いあって。
わがままな子もいれば、優しい子もいる。それが人間だ。
日々食べるものも飲むものもなく、わずかな量の水や食料を観光客にせがむ、そのことだけが違う。「少し」大きくなれば、売春宿に売られていく。そしてそれを日本人が買う。
 
一方、「職がない。こんなことしたいわけじゃない。」と嘆く、カンボジア人の売春斡旋者の話も聞いた。彼らが悪魔のような人間かといえば、それは違う。誰が正しくて何が間違っているのか、そんな単純に割り切れる話ではない。
 
 
 
最も素敵な思い出は、イスラエル人・パレスチナ人12名と過ごした去年の夏だ。
一ヶ月弱にも及ぶ共同生活の中で、日本人・イスラエル人・パレスチナ人は時に憎みあい、時に笑いあった。本気でぶつかり合い、だからこそ生まれたものがあった。
三者の様々な違いに戸惑いながらも、だからこそお互いがお互いを思いやれるのだと知った。
 
長岡では、報告会の終わりに三島町の商工会長が席を立っておっしゃった。
「きみたちが来てお祭りとかに参加したおかげで、街が活性化した。来年もぜひ三島町で開催して欲しい。」
イスラエル人・パレスチナ人と、三島の方々、そして私たちが繋がった瞬間だった。
 
別れの時、成田空港での日本人・イスラエル人・パレスチナ人は抱き合って涙を流して別れを惜しんだ。空港の警備員から怒られるほど大声で歌って泣いて、再会を約束した。
 
 
 
 
世界は多様で、人は豊かで暖かい。
様々な価値観で動いているたくさんの社会があって、だからこそ世界は美しい。
それがこの二年間学んだ最も大きなことだ。
 
その中で、私は「何をすべきなのか」。答えの出ない問いを再帰的に続ける。
しかし、私はこの多様な世界の中で、その世界との繋がりながら生きているいうこと、様々な出会いと別れを繰り返す過程の中で、世界と自分との繋がりを感じながら、これからも生きていくということ、それだけは今、確かなものとなった。
 
全ては、「他者」の問題ではなくなったのだ。