一つの恋が完全に終わった。元々終わった恋だったが、それを確かめた。
結局、私は1人の女性すら心の底からは愛せなかった。
 
私はただ、私をありのままに承認して欲しかっただけ。他者を愛せない欠落だらけの姿も承認してくれたのなら、私は人を愛せるようになれたのかもしれない。
 
 
求めていたものは、全面的な承認だった。でも、それは求めすぎだった。
 
 
 

最近親しくなった友人が、私のブログを見たときにメールをくれた。
 
その子の前の彼氏も、私と同じような過去を持ち、それがトラウマとなって同じように欠落を抱えながら生きてながら生きてきた。しかしそれでも、彼女と出会い少しずつ他者を愛し受け入れることができるようになったと。
 
救われた気がした。励ましをもらった。
 
 
いわゆるAC(adult children)である私は、それを引き受けて強く生きていこうと決めた。
でも過去から受けた傷は想像以上に深く、その姿を時に現す。人を信じ人を受け入れることは、つらく、そして難しい。
 
そんな欠落感や虚無感を抱えながら、私は今日も生きる。その欠落感を埋めるかのように、生き急ぐことしか、今の私にできることはない。