長くなりそうなので、何回かに分けて書く予定。
この文章をこの一年ぐらい考えてきたことの総括としたいなと思っている。
 
 
 
 
私が団体をやっていたとき(引退まで後一ヶ月)にいつも悩まされていたことがある。それは「この活動がイスラエル・パレスチナの和平に繋がるんです」という台詞が言えないということ。
 
イスラエルの人口は約700万、パレスチナは難民を含めたら約500万。12人呼んで何とかなるほど情勢は単純じゃないし、だからこそ私は夏会議中、スピーチの時はいつも言葉に詰まった。私は自分の考えを短く表現する言葉を持たなかったからだ。(もちろん個人レベルで時間をかけて話を伝えることならできた)

記念樹イベントのために商店街を回ったとき、一年生の某氏も同じ理由でイベントをプレゼンできなかったと言った。言葉を大切にしたいからこそ、言えなかったと。
 
 
もちろん、今回参加した12人のイスラエル人・パレスチナ人のうち、この会議がきっかけで何かが変わったメンバーが何人かでもいて、それが彼らの家族や身の周りの人間に伝わるなら、それは本当に嬉しいが。 
 
 
 
 
私ができる最も効果的なパフォーマンスは「社会への発信」を通じた日本社会の国際化、市民社会の成熟化への寄与だと考えていた。(その意味で長岡のHさんの話をじっくり聞いたとき、非常に感銘を受けた)
ここで言う市民社会とは、一人ひとりの人間が自分の住む社会(日本だけに限定はしない)に対して考え責任を果たしていくことを意味する。
 
様々な人に「イスラエル・パレスチナなんて関係ないじゃん」といわれたことがあるが、イスラエル・パレスチナ情勢は私たちの住む社会と、外交、貿易、日常の何気ない行動を通して密接に関わっている。
 
分かりやすい例を挙げてみる。日本はイラク戦争に賛成し、その後自衛隊を派遣した。このことでイラクに住むパレスチナ難民は中東戦争にひき続き再び住む家をなくした。
私達の国民的決定がパレスチナ人に被害を与えたことになる。
 
例などいくらでもあるが、ここで言いたいのは私たちは間接的な加害者であるということ。
これは単に私の美学の問題なのかもしれないが、自分がただ乗りしている世界システムの裏で苦しんでいる人を無視することが、人間として正しいあり方だとは思えないのだ。こういった問題を無視する社会は、あまりに未成熟だと感じるのだ。
 
 
私が日本の市民社会の未熟さには危機感を覚えたきっかけは、イラク戦争だった。
イラク戦争が始まった時、多くの政治化や「右より」と称される新聞がアルカイダとフセインとの関係を指摘した。そして多くの国民は騙された。
イラク戦争に賛成し自衛隊派遣まで行なった「直接的」な加害者(この時は加害者となる可能性)である日本国民が、こんなに無知でよいのか腹が立った。世俗的で有名なバース党がアルカイダ(イスラム教ワッハーブ派が主)と絡むわけがないことは、一冊か二冊の本を読めばすぐわかることだ。
 
私が住む社会である日本(狭義で)が世界に迷惑をかけているということは、patoriot(愛国者ではなく、愛郷者と訳したい)として悔しかった。
 
 
 
 
 
話は団体のことに戻る。私が日本の市民社会の成熟化を考えるのは、それが日本のためにも世界のためにもなるからだ。
 
これだけたくさんの新聞、テレビ、ラジオに取り上げられたのだから、イスラエル・パレスチナ問題への関心、延いては国際問題への関心を日本国内において高めることには寄与できる。私が朝日新聞に書いた原稿をきっかけに長野プログラムが始まったことを考えれば、可能性は非常に大きい。
 
同時に、長岡、長野という地域で地元の方々と生身の交流をすることで、メディアを通してとは違った形で「世界」を感じて頂くことができたらと考えた。そして人の輪が広がりいつか大きな力となり、世界を少しでも良い方向に導くきっかけとなればと思った。
 
日本に住み、イスラエル人・パレスチナ人にはなれない以上、それが私にできる日本、世界への最大限の貢献だと思う。
 
 
前置きが長くなった。しかも分かりにくい文章だったと思う・・・
 
私たちの活動がイスラエル・パレスチナの平和に結びつくほど世界は単純ではなく、それでも単純でない世界の中でできることを考え続けていきたいと私は思うのだ。世界は単純じゃないからこそ、考え続けなければいけない。12人イスラエル人・パレスチナ人を呼ぶことの意味を問い続けてこそ、はじめてそこから見えることがあるのだ。
 
そして「単純じゃない世界」を考える上で、最近最も関心があるのはオウムの事件だ。森達也の「A2」は考えるいいきっかけとなった。