今日、リングの合宿から帰ってきました。まぁ後々内容は書くとして、イラク人がうちに来た時の話を書こうと思う。

イラクから来たZaidは土曜日の夜、我が家にRingのT氏とともにやって来た。日曜日はY嬢とS氏という、パレスチナに一緒に行く予定となっているメンバーとともに、Zaidと東京観光をした。東京駅で待ち合わせ、皇居観光→靖国神社→市ヶ谷駅→御徒町→アメ横→上野駅というルートをたどった。Y嬢は家に帰り、夜はN氏が来て、S氏と共に始発で帰った。

初日、T氏とZaidと僕とでイラク戦争について議論となった。

 

Zaid曰く、「イラク戦争は正しかった」と。「サダムregiumを崩壊させてくれたブッシュにはappriciateしてるし、今アメリカ軍がいるのはシリアやらレバノンやらイランからやって来るテロリストを排除してくれるからだ。」と。

驚きだった。普段からマスメディアから流れるイラク人はアメリカ軍の誤爆やらの被害に苦しみ、あたかも全てのイラク人がアメリカ軍を憎んでいるかのような、そんなイメージを僕に持たせていた。しかしそれは一面でしかないのかもしれない。

僕はZaidに反論した。

「イラク戦争には二つの大きな理由がある。ひとつはアメリカの石油戦略であり、一つはイスラエルとの兼ね合いだ」と。

Zaidは反論する。

「アメリカはたくさんの石油を持っていて、別に石油に困っているわけではない。イスラエルの問題はよくわからないが・・・」

お互い母国語ではない英語での議論であったため、思うような議論、説得ができなかったが、彼の考え方は硬かった。自衛隊の派遣も感謝していると言う。ファルージャでの紛争も「テロリスト掃討」のためには仕方なかったと。

 

考えてみる。僕らの多くはイラク戦争に反対し、アメリカのOCCUPATIONにも反対した。そしてそれこそが「イラク人のため」だと考えていた。しかしながら、それは「驕り」なのではないのだろうか。日本人のみならず世界中の人々が反対したあの戦争を、それが少数であったとしてもイラク人が望んでいるものだったとするならば、僕が反対する理由などどこにもなくなる。

もちろん、アメリカが「イラク人のため」にあの場所を攻撃し占領しているのだとは思わないし、それはありえない。けれどもイラク人がそれを望んでいるのだとすれば、僕らは僕らの考えを押し付けることはもうできないだろう、ましてや「アメリカが民主主義を中東諸国に押し付けている」と非難する僕たちには。(これには少し語弊があるかもしれないと考えている。なぜならある調査によれば、「民主主義を理想の政治形態」と考えている国民割合が多い地域は中東諸国の人々であるのだ)

 

何が正しくて僕は何をすべきなのか、ますますわからなくなる。