それは先週の火曜日のことだったと思う。父とその恋人、そしてなぜかその娘が我が家まで来て朝までケンカしていた。僕は水曜日、単位を落とすか否かがかかったエッセイの提出日であったため非常にムカついていた。しかし、今週の火曜日の夜、父の恋人は家を出て行った。父もとりあえず、まだ離婚の成立していない二番目の奥さんのもとに帰ることにしたらしい。僕は当面、一人暮らしだ。

少し話しは重くなるしブログには適さないネタであるが、父について少し書いてみる。

僕と父はずっと疎遠であった。中学に入り僕が家を出るまでは父は「家に帰ってこない」存在であった。中学になると僕が家を出てしまったため、ますます疎遠となった。中二の時父と母は離婚し、中三の時僕が私立の学校をやめ祖父母の家に居候するようになると、父も祖父母の家にいることが多かった。高1の時父が再婚し、二番目の妻とその連れ子2人(一人は父の隠し子だった)と僕は暮らすことになったが、新しい家庭になじめず家に帰ることを拒むようになりその後の二年間の浪人中は祖父母の家にいた。

僕が浪人している時、父も二番目の妻と別居した。また新しい恋人を作ったのだ。推測するに、二番目妻とは「子供」ができていたから仕方なく結婚してしまったわけで、破局をいつか迎えることは誰の目から見ても明らかであった。この「子供」は僕が小学五年生の時に生まれていた子供であり、父は僕にも「二番目の妻の連れ子」と称していた。このことについてはブログの不特定多数の人が見るという性質上、あまり書かないでおいておく。

二番目の妻と別居した父は東京に越し、恋人と暮らし始めた。その後僕が東京のハズレにある大学に通うこととなり祖父母の家からは通えないことが決まると、父は一緒に暮らさないかと僕に持ちかけてきた。ここから僕と父はその関係を再構築し始めた。

大学に入り一年間、僕と父とその恋人との奇妙な同居生活が続いていた。父もその恋人も僕の生活には全く干渉しなかったし、2人が家にいるときは食事の世話もしてくれたし、僕はこの「奇妙」な生活に特に不満はなかった。

父は常々言っていた、「自分はこの年になって始めて人を愛することを知った」と。今までの相手とうまくいかなかったのを僕はこの目で見ていたから、その言葉は僕にとって説得力のあるものであった。この「父親」は子供のことよりも自分のことを最優先に考えてしまうどうしようもない親であるが、それでもこの親の幸せを「子」として喜ばしく思った。

ところが、この同居生活をとうとう終焉を迎えた。父の恋人には4人の子供がいて、その子供たちが耐えられなくなったらしい。そのうちの二番目の子が先週の火曜日の夜、うちに来て「お母さんを返せ」だの明け方まで騒いでいた。父の恋人は「子供のことを考えて」家に戻ることに決めた、父は未練がましく、引き止めていたが。

父曰く、「子供のことよりも自分の生活が大事だろ」と。もう中学生にもなれば、自分のことは自分でできるだろと。そう自分の恋人を必死に引き止めていた。

結局のところ他人の幸せよりも自分のことしか考えられないから、今回の自分の「幸せ」も逃したわけである。世の中はうまくできていると少しだけ思った。あまりに皮肉な結果ではあるが、きっとそういうものなのだ。

というわけでこれから一人暮らしです。