木曜日の明け方、ラーメンを食った僕と前代表N氏は家に帰るため山手線に乗った。前に座っていたサラリーマンの読む日経の記事が目に入った。シャロンとアッバスが首脳会談を行うらしい。

「これでパレスチナが平和になって俺たちがやってたことが、結局何の意味のなかったってことになったりしてね」そうなったらいいと思う。それが最も望ましいことなのだ。そりゃ簡単には行かないだろうけど、可能性を信じてみたい。

「結局、二回の会議では中東和平ってものに貢献できたとは言えないよね。10回目ぐらいの会議で始めて意味がでてくるんだろう」とN氏がいう。この会議を通じて感じたものを、現地で参加者が友人、親戚、家族を少しずつ伝えて、それで少しずつ何かが変わっていけばいい。僕もそう思う。10年先、20年先を見越して今の活動を行っているのだ。

 

ただ最近「中東和平」といったものに真摯に向かえなくなっている自分がいる。

自爆テロの被害に会った多くのイスラエルの人々を映像やら写真やらで見て、軍隊に蹂躙される子供達を見て、その場では涙を流し心を痛める。不条理なことが嫌いな僕は、彼らのために何かしたいと思い悩む。何ができるのか、何をすべきなのか、問い続ける。

けれどもその30分後には日常に流される自分がいるのだ。その日の飲み会の予定やら女の子とのデートの予定やらを考えているのだ。結局「世界を平和にしたい」といいながらも、「彼らの日常」が日本で平和に楽しく暮らす「僕の日常」には成りえないのだ。

それに彼らだって、「彼らの日常」がある。イスラエル・パレスチナの場合、僕らが想像するような「可哀想なパレスチナ人」というのは一面の姿でしかない。NGOやって大もうけしているような奴もいれば、女のケツばっかり追っ駆けまわしているような奴もいる。「かわいそうなパレスチナ人」のために何かしたいと意気込んだところで、そこにあるのは普通の生活を営む彼らの姿であったりする。

ソマリアやらリベリアやらなら事情は異なるのかもしれない。パレスチナは世界の注目が集まっているから援助も充実しているが、アフリカの最貧国で死ぬ人間の数は中東とは桁違いだ。今まで中東ばかりに目が向いて、アフリカやらには本気で取り組もうとしていなかった。僕はやりたい場所は本当に中東なのかもわからなくなってくる。

だからなのだろうか。団体の仕事やらで眠れない時、だんだん虚しさに襲われる自分がいる。仕事を投げ出したくなる。原稿執筆依頼とかがきても、謝礼がもらえないと面倒だと思う自分がいる。団体をやっている意義も「自己の成長」という意味合いが強くなってきた。つまり人脈を築いたり、団体のマネージメント能力やら交渉術やらを磨くためのツールとして捉え始めている。

もちろん、平和を創りたい。でも平和のために自分が少しでも犠牲を払うようなことは僕にはできないのではないかと思い始めた。自分も楽しみながら活動を行うことこそがNGOを活性化させる道だとは思うが、同時に責任ある立場にありながら利己的にしかなれない自分に対して嫌気も覚える。「自分も楽しくて、相手も幸せにする」それが最も理想的な形であり、今までもこれからもそのような活動を続けていくのだろうが、その根底にある感情を失ってしまったら僕はどこに行くのだろうか。

 

この春、僕はパレスチナに再び旅立つ。そこで現地の空気に触れ、いろいろなものを感じたい。そこからまた何かが見えてくるのだと思う。