NHKの番組制作に関して政治介入があったかについて、今話題となっている。それに関して、いくつか思うことを述べる。

この度の政治介入についてのチーフプロデューサーの長井氏の告発は「間違い」とのNHK側の説明について言えば、この告発を行ったところで長井氏には何のメリットもない。プロデューサーとしての地位も名誉も捨てる覚悟をしての告発であったのだろう。そのことを鑑みて、事の真偽を考えるべきだ。しかし、言った言ってないの犯人探しの水掛け論を繰り返したところで、何の生産性もないかもしれない。ここでこの事件から考えさせられる、報道の問題点について述べる。

一つは政治家とマスメディアの「癒着」だ。残念ながら政治家とマスメディアの癒着は存在している。記者クラブという制度を例にとって考えてみれば、それは明らかだ。記者クラブとは政治家、役人と報道記者による「私的な懇談会」である。ここで記者らは情報を得るわけだが、この記者クラブから外されないために往々にして政府の都合の悪いことを「書けない」わけだ。

そして政治家の側から呼びつけたのかとかどうかは、問題の本質とは関係がない。NHK側から出向いたにせよ、「事前に番組の説明をする」ということが「普通」の感覚となってしまっていることに問題があるのだ。

もう一つは誰が「公正で中立な」報道を定めるのかという問題だ。その基準が定まらない以上、完全に「公正で中立」な報道などありえない。それに政治家と一般庶民が考える「公正、中立」とは明らかに異なるであろう。もちろん報道各誌は常日頃から「公正、中立」をスローガンに掲げてるだろうけれども、どのマスコミ各社を見たって基本的には自社の報道姿勢に沿った学者なりジャーナリストなりを多めにテレビや新聞に出す。そんなことは新聞各紙を読み比べれば明らかだ。

確実なことは、「イラク戦争は正しかった」とか、「太平洋戦争でアジア諸国民は解放されたんだ」というテーマで「偏向」な番組が作られたとしても、渦中の二人の政治家は全く反対しないだろうということだ。そして大量破壊兵器も見つからず今だに統治も安定しないという現状があるにもかかわらず、イラク戦争に賛成したことに対して何の総括もできていない新聞社が、「公正で中立な」報道というスローガンを高らかに歌い上げ、他紙を非難する現状にも疑問を感じる。

つまり「公正で中立な報道」という言葉が、一部の「非公正で偏向」な方々の意見を正当化させるためにあるのだとしたら、それこそが問題なのである。

 

こんなこと書いてる暇あったら、宿題やらなきゃ・・・