木曜日の早朝家に帰った。

金曜日は国連大学でのシンポジウムのスタッフをやる。でも人が結構余ってたみたいで退屈でした。この日の夕方、ようやく新聞掲載用の見本が朝日新聞から送られてくる。感動。明日が待ち遠しかった。夜は塾講師のバイトに行き、その後友人宅へ。この日あった友人の大半は二年半ぶりに会った人たちだ。

僕は高ニの終わりから「人生このままでいいのだろうか」と思うようになっていた。人に迷惑ばかりかけ、生きる目的など何にもなくて、興味あるのは「どうやったら女の子にモテるか」ぐらいしかなかった。なんとなくだけれども大学に行こうかなと思い始めた時だった。目的なく大学に行くことには反発があったけど、このまま落ちぶれていくよりは、大学受験を目指した方がいいと思った。そんな感じで予備校に通い始めた。高三になるまで「早稲田」って漢字も書けなかったし、ましてや「基督」なんて・・・って感じだし、不良上がりの僕はもちろん予備校もサボってばかりで、結局現役時のセンター試験の得点は英語は半分以下・・・古文は一問だけ正解・・・でしたが。

そんなとき予備校で知り合ったのがこの日あった友人達だ。久々に会ったわけだが皆変わっていた、いい意味でも悪い意味でもね。でも二年半会わなくても、こうやって友人関係が保てているのは、いいことなんじゃないかと思う。

オールで皆昼ぐらいまで語りあってたらしいが、僕は団体の事業計画書を作らなければいけなかったので、朝5時過ぎに帰る。自分が載っている新聞を買う。新聞に載ることを伝えていなかった友人からも連絡がくる。高校時代から続く唯一の友人からのメール、

「たいしたものだな。少なくとも僕の知る安田ではない。どこぞの宇宙人が安田の皮をかぶっているのではないかと思ってしまうよ。かつての安田を知っているだけに、今の安田が不思議でしょうがない」

夜、団体の広報を担当しているよこたんから連絡が来て、地元西日暮里で会うことになった。話す。今後の活動計画について、色々な案がでてきて、僕にとってとても有意義な時間を過ごせた。後はホームページの充実頼みますよ!!俺も何でも手伝うからさ。この日は明け方まで事業計画書つくりに追われる。

日曜日は夜、事業計画書のためのミーティングだった。しかし人はほとんど来なかった。でも自分の書いたものの欠点に気付き、有益であった。この後サモーに誘われ、某留学生会館でもイベントに顔を出す。

月曜日は代ゼミチューターとしての初出勤。思っていたよりもルーティンワークが多そう。しかも微妙に上下関係あるし、「チューターの○○が生意気だ」とか中学生みたいな陰口を叩いてる人もいて、レベルの低い人がいるんだなと感じた。でもここで得られそうだと思うこともあった。

①よく考えてみると、普段話す学生って企業家とか学生団体やっている人ばかりで、普通にサークルとかを楽しんでいる学生と接することはほとんどない。その意味で、色々得られることもあるかなって思った。かわいい子も多そうだしw

②女子高生との交流はもちろんです!でも現役と浪人はチューターも担当が分かれてるみたいで、接する機会が少なそう・・・

約9時間働く。金もたくさん入るしよかった。でもバイトってはじめは楽しいとか思うんだけど、ルーティン化してくるともいうダメなんだよね。この先どうなるんでしょうか。

帰りに横浜を軽くブラつく。浪人時代通った街。あの頃を思い出す。とにかくあの頃は「生まれ変わりたい」っていう思いでいっぱいだった。勉強以外はほとんど何もしなかった。

でも高三の夏から二浪の終わりまで付き合ってた彼女がいた。その子のことを少し思い出した。

高三の時、弟の高校の文化祭で声をかけて知り合った子。メチャメチャかわいくて、歩いているだけで周りの男が振り返るぐらいの子だった。鎌倉にある女子高に通っていたのだが、その子の噂は川崎にある男子校に通う友人も知っていた。しかもとても純粋な子だった。まともに付き合ったのは僕が始めてであった。一歳年下であったから、僕が浪人をして本格的に勉強を始めたとき、彼女も高三の受験生であった。その後彼女は現役で大学に合格し、僕は二浪、その頃からすれ違い始めた。僕と彼女がデートをするとき、その場所は決まって近所の図書館や喫茶店であった。浪人中は勉強に集中すると決めていたからだ。

そんなすれ違う二人はとうとう二浪目の終わりに破局した。今振り返ってみれば、彼女は相当我慢したのだと思う。とてもキレイで男なんていくらでも寄ってくるにも関わらず、僕の受験終わるのをただただ待っていてくれた。でもとうとう国立前期の四日前別れた。皮肉にも浪人生活が終わろうとしているなかで。

「もし、あの時・・・」っと思うことは何度もある。二浪していなければ今も付き合ってたのかもしれないし、別れ話がでた時必死に引き止めていれば良かったのかもしれない。「ICUうかった」という電話をあんなにも喜んでくれた彼女に、僕は何ができたのだろうか?あれほどまでに、僕の浪人生活が終わって普通に遊べるような日が来ることを望んでいた彼女に。

その子と予備校帰りに歩いた街、横浜。デートの時間が少しでも長くなるようにと、参考書コーナーに意味もなく行ったりした。淡い思い出の残る街。